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2010.9.7 【伝】
Novel stage / original
《Oenanthe No.9》
霧の中の村、村長宅。
祭に向けて穏やかにもどこか浮き立つ雰囲気に包まれていた村には、今、不安と恐怖が全体に伝わっていった。
原因は傭兵を引き連れてやってきた御伽噺に出てきそうな王子様――
「驚きました。かつて歴史の闇に葬られた貴方達が、こんな近くにいるとは」
他の家と比べれば大きいが、貴族の屋敷などとは比べるまでもなく小さな村長の家。その居間では村長と外からやってきた青年が顔をつき合わせていた。
心底感心して笑顔の青年に対して、村長は酷く厳しい顔をしていた。
「……何の用だ。ここはもう政治とは関係ない」
「あ、すみません。ご挨拶が遅れてしまいました」
眉間に皺を寄せて手を組む老人に、改めて青年は立ち上がって一礼した。
「エトワール公爵家、現当主の次男坊のパストリスと申します。今回お伺いしたのは当主の伝言をお伝えする為です」
「伝言、じゃと?」
老人の片眉がぴくり、と上がった。
「はい。交易をね、したいとのことです」
貴族、それも公爵家と霧に包まれ外界との交流を限りなく断っている村との交易。
「ふん。こんな辺鄙な村に何を言う」
老人は鼻で笑う。これで申し出の方向が逆だとすればまだわかる。貴族から村への申し出など、確かに笑われてもおかしくないほどの絵空事だ。
青年は動じずに表情を保ちつつ、花を差し出す。
村への案内役となった少女がバスケットに摘んでいた花の一つ。六つほど固まった小さな花、その塊が更に四つくらいついている細長い植物だ。
「これ、ディルですよね。薬草としての効果も高いですけれど、調味料や香油としても重宝する」
「どこにでもある草だ」
「それが今結構高値で売れているのですよ。特に種から抽出した香油は絶対量が少ないせいで、上流貴婦人達の間で奪い合いになるくらいです」
帽子を直しながら座りなおす青年は、それから、と顔を村長に近付けて囁く。
「あの山、鉱山ですね。それも貴重な石が取れる」
「口から出任せか」
間髪入れず否定の言葉が返ってきた。その速さは、そう、前もって用意していたかのような。
「隠さなくてもいいですよ」
青年は笑みを少し崩す。困ったな、とでもいいたそうな表情。
「父が使者として兄ではなく私を指名した理由は、幼い頃から視察に連れまわされて断層や植生を見るのが得意なせいです」
それだけ言うと、彼は再び立ち上がり村長へ背を向けた。
「話はまだ終わっておらぬ」
怒気を含んだ低い声が背中へとぶつけられる。だが、青年は振り返りもしない。
「こちらの意向を伝えた以上は私との話し合いだけでは解決しませんよね。答えを貰えるまでは帰れませんけれど、村の皆さんで話し合いをするくらいの時間は待てますから」
戸口まで歩いていく間に、がたん、と大きな木の椅子が倒れる音がした。
「貴様……っ」
「いい返事、期待してますから」
外から扉が開かれ、漸く振り返った青年は笑顔でそんな言葉を残していった。
Fine.