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2010.9.4 【論】
Novel stage / original:Abyss of Time
《終焉が訪れる前のいくつかの出会い》
「……しまった。寝てしまったか」
私が目を覚ますと研究室の窓の外が茜色に染まっていた。少なくとも昼食の後、三時くらいまでは記憶にあるので居眠りの時間はせいぜい二、三時間というところだろうか。
幸いコンピュータではなく思考を書き綴っているだけだったため、被害としては研究時間が削られたくらいだろう。
散らばったコピー用紙の束には私自身も上手く読めない文字の羅列が並んでいる。今日の残り時間はこれの解読に費やすことになるだろう。
「やれやれ」
呟きながら、紙を集めてふと顔を上げる。
夕陽の輝きに染まるガラスには見慣れた機材と壁、そして、見慣れぬ背の高いイブニングドレスを着た女性の姿。
「誰だ」
ガラス越しに睨みつける。
国家機密になりうる人造人間を扱うのが『久遠の薔薇』という組織。直轄の研究所であるここは、どこかの永世中立国の金庫と比肩するくらい最新のセキュリティが敷かれている。錬金術師の館だけに自動人形もいるくらいだ。
私の見覚えのない人間がここに入れることはまずない。
ならば、この女は。
「初めまして、皐月紫」
ルージュの三日月が夕陽の上に浮かぶ。
「理論の申し子。ロジカルの愛娘……その歳で随分多くの異名を持っているのね」
「お褒め頂き光栄だがな、私はお前を知らない」
橙色に染まりあがる切れ長の瞳をはっきりと睨み返して私は言い放った。
厳重な警備を抜けてきたという事実だけではなく、何かが私に予感させていた。間違いなく、こいつは絶対に私の敵だ。
すると、さもおかしそうにガラスの向こう側がころころと笑い出した。整った顔立ちが笑うことで完璧な表を崩し、誘うような雰囲気を醸し出す。
「そんなに目くじらを立てなくてもいいのに。私はただお礼に伺っただけ」
「礼、だと?」
見た事も会った事もない相手に何かをしてやった記憶はない。ましてやもし私の予想通りこれが人ではないとすれば、私はむしろこの女にとって害になる存在だろう。
しかし、映る人影は丁寧に頭を下げた。
「私の娘の面倒を見ていただいてありがとう。貴女のおかげであの子は随分と人の世界に馴染んでくれたわ」
「なんだと……」
私は漸く振り返った。
だが、もう女の姿はない。空気へ溶けたかのように、この厳重なセキュリティの研究所から消えたのだ。
「娘……」
私は紙束を机の上に放り投げ、再び窓の外を見る。あの瞬間に私の頭は即座に該当者を探し、特定していた。私の研究室で該当する可能性があるのは、一人だけ。
「……どういうことなんだ……」
To be continued...