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2010.9.20   【茶】

Novel stage / Fun Fiction:世界樹の迷宮3

《森の迷宮にて求むる物》


 


 

 一閃。
 筋肉の盛り上がるたくましい腕に握られた長剣が陸上に適応した赤い魚の群れを薙ぎ払う。決して洗練されているとは言いがたいが、ただ一意に振られる剣閃は既に芸術の領域に入っていると言っても過言ではないだろう。
 すっと息を吐き切ると一瞬停止。敵の気配がなくなったことを確認して筋肉を弛緩させる。
 酒場で屯すよりは腕がなまらないように身体を動かしたい。そう願った戦士は仲間の輪から抜け出して、迷宮の入口から少し離れた場所で剣を振るっていた。仲間達も彼の気性は承知の上でこの程度なら放っておいている。もしも次の階層になど進んでいれば承知しないだろうが。
「粗方狩ったか」
 戦士は他の気配の感じないエリアから動き出す。更に戦う場所を求めて先人達が広げた道を歩いていくと、街から派遣された兵士の立つ四つ辻へと差し掛かる。
 戦士のいるギルド「エキュレイユ」は既に第二階層へと歩を進めているギルドだけに、戦士より少し年下であろう兵士は小さく会釈した。
 特に何も返礼を返すことなく周囲を見回していた戦士は、唸り声を耳にした。
 目の前の方向から聞こえるオオヤマネコ特有の鳴き声。経験上よく耳にする声だ。
 獲物を見つけ、襲いかかる前に発する威嚇。
 全体にしてみればほんの入口でしかない一階だが、このオオヤマネコだけはうかつに初心者が手を出すと全滅しかねない能力を持っている。
 兵士の心配そうな視線が鳴き声へのする方へ向けられたのを見て、戦士は目の前の道を真っ直ぐに進む。遭遇者が倒せないならば片付け、違えばまた新たな相手を見つけるまでだ。
 少し歩いた先、入り組んだ木立の向こう側。
 兵士からでは視界が通らない先に予想通り黄色に紺色の模様が入った人間の男性程の全長がある獣の姿があった。
「なんだと……!」
 予想が外れたのは襲われていた側。
 濃紫のベレー、コートを身につけた十前後に見える少女。幼い身体には大きすぎるメタリックブルーの発動器が右肩でライトグリーンの光を発している。
 少女のぼんやりとした紫水晶の瞳はオオヤマネコを捕らえ、しっかり正面から対峙していた。右手には星の描かれた本を持ち、何か集中しているようにも見える。
 だが、獣の威嚇が終わる方が早かった。
 前兆で言えば半分もない少女相手へ鋭い鳴き声と共に飛び掛る獣。
 精神集中の為にまったく動けない少女の前へ、歩いていたスピードとはうって変わってはじけるように戦士が納まる。
 逞しい腕に支えられた長剣がオオヤマネコの鋭い爪と噛み合い、競り合う。
 このままなら膠着状態に陥るであろう両者。けれど、均衡はその前に解ける。
「メーシャ…………スィンハ……ダヌス……」
 少女の左掌を貫通する黄緑色の光が一瞬赤く十字に染まると、直後、オオヤマネコは紅蓮の炎の中にあった。毛皮に含まれる油脂が炎に炙られ、あたかも火球の如き勢いを生じる。
 断末魔の悲鳴すら赤に包まれた獣は戦士から離れ、もがいた挙句黒い塊となって大地に蹲ることになった。
 だが、戦士はそんな光景を見届ける前に振り返る。精神集中を終えても半分眠ったような瞳と鋭い視線がかち合う。
「何故ここにいる、ヴィー」
 酒場にいるはずのヴィーと呼ばれた少女は瞬きをひとつ。そして、視線を右斜め下へ流す。
 図らずも二人が同時に目を向けた先にはぱちぱちと爆ぜる焚き火を囲むように石が組まれ、ポットと飯盒から蒸気が上がっている。どちらも少々火にかけすぎている。
 一呼吸おいて。
 まずいということに気付いた少女がわたわたと手を伸ばす。だがその指先が火傷を負う前に熱した金属器は火から下ろされる。
「……飯を作りに来たのか?」
 散らばっていた枝、恐らくこのぎこちない焚き火を作る為に集められた枝を持ちながら半分冗談で戦士は聞く。すると、素直にも少女はこくんと頷いた。本気で返された戦士の方が返って呆れたほどだ。
 けれど、少女は真面目に大きめの匙を取り出すと飯盒の中のご飯をかき混ぜる。更に細かく砕かれた乾燥物をその上にかけると、ポットを手に取った。
 透明な緑色の液体がご飯にしみていく。
 再びざっと匙でかき混ぜた彼女は匙ごと戦士へ差し出した。
「……なんでここなんだ?」
「ユナがお茶漬けって。宿屋で焚き火したら怒られたから」
「……そうか」
 本名が長すぎて愛称しか使われない少女は、それが示すとおり世間知らずと言い切るにも足りない程常識を知らない。
 わざわざ迷宮まで来て目的といえば茶漬けを作るため。
 言いたい事は沢山あったが、感想を待って正座している少女のぼんやりとした眼差しに戦士はとりあえず反論を諦めて苦めの茶漬けに取り掛かるのだった。


 Fine.


 

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