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2010.9.13 【節】
Novel stage / origina:Abyss of Time
《廻り廻る》
秋風。
うだるような暑さが薄れ熱を孕みながらもどこか冷ややかな風。
ざあっと吹き抜ける見えざる手が、表を変えていく緑をそっと撫でていった。
形を変える木漏れ日に時折光を貰うのは一面の赤。赤。赤。
輪生状に開き、反り返る曼珠沙華の赤が眼下を埋め尽くす。疎らに立つ木やその葉は全て赤の影としか思えぬほどに存在が朧げだ。
そんな怖いくらいに染まる大地へ、ひとつまた影が増える。
細身のスーツを纏う女性。長い金色の髪は高くひとつに束ねられ、緑と共に見えざる手が玩ぶに任せている。
「きちゃった、な……」
年のころは二十歳を少し超えたくらいだろうか。整った顔立ちにはどこか物憂げな表情が浮かんでいる。
「……バイト行くなんて嘘ついて、怒ってるかな。紫さん」
女性の住んでいる場所からここまで交通機関を駆使しても片道四時間近い。
例え自動車で訪れたとしても今日は秋分の日。祝日にちょうど咲き頃となっている曼珠沙華の花畑には多くの観光客が押しかけ、渋滞が起こっていた。
現に彼女の前後には多くの人の流れがあった。家族連れ、友達、彼女のように一人で来ている者も少なくない。
人々はカメラやスケッチブック、パンフレット等を携え、純粋に赤のガーデンを楽しんでいる。
その中で足を止める女性は美しい花園を眺めて佇んでいる。
何かを知っているわけではない。ただ、言われるがままに来ただけ。
けれど、彼女には予感があった。
ここに来ればきっと彼女の知らない何かを知ることが出来るのだと。
「私の知らない、私……」
ぽつりと誰にともなく呟いた瞬間、風景の色彩が一転した。
雲ひとつない空は漆黒に、秋風に葉を揺らす木々はくすんだ白に、ただ曼珠沙華の赤だけがモノトーンに包まれた世界で唯一鮮やかな色彩を持っていた。
いつの間にか周囲で聞こえていたはずのざわめきが聞こえない。人の声だけでなく、虫や鳥の声すらもしない。ただ、影だけが動いている。
影ではなく実体を持っている人型の者は彼女と、そして、眼前の木々の合間で微笑んでいる女性。
「別れて三回、季節が廻った……とても長かったわ」
三十歳前後のスーツ姿の女性。長い金色の髪は結わえることなく自然に流し、金色の瞳は唇と共に笑みを形作っている。
「お誕生日おめでとう、心」
嫣然と浮かべる笑みは嬉しそうで。
一度すれ違っただけの微笑が、何故かとても懐かしく感じられた。
メモリーの端にも残っていない記憶がどこかにあるというのだろうか。
「あなたは……私の、何なのですか」
立ちすくむ心から自然と唇から言葉が零れ落ちる。
木々の間に立つ女性は微笑を浮かべたまま、両手を広げて真っ直ぐに差し伸べる。
「三年ぶりね。会いたかったわ、私の可愛い娘」
「むす……め…………」
人造人間がそう呼ばれることがあるのは、人造人間をそう呼ぶことはあるのはただ一人の相手から。
「あなたが……あなたが、私を造ったのですね」
心の声は震えていた。この数年、紫やすずなの側にいたことで身についた様々な感情がないまぜになって一言で抗えない思いが渦巻いていた。
「そうよ。あなたに人としての感情を知ってほしかったとはいえ、酷いことをしてごめんなさい」
声にならない心の様子に女性は切ない表情を見せ、静かにリコリスの園を歩いてくる。
オフホワイトのスーツに包まれた腕が、同じ色のスーツに身を包む僅かに小さい女性の肩をそっと包む。
「けれど、もういいの。十分だわ。今更でしかないけれど、戻ってきて、心」
優しく囁かれるアルトが身体全体に染み渡る。
普段は気丈に振舞う心が、音もなくくずおれた。
人造人間には涙を流すことは出来ない。けれどその唇から漏れるのは明らかに嗚咽だった。
Fine.