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2010.8.19 【崩】
Novel stage / original:Abyss of Time
《十八年》
このところ、心さんの様子がおかしい。
日常生活や戦闘に支障は出てない。けれど、まず睡眠時間が増えた。人造人間なので再起動時間と言うべきだろうか、ともかく目を覚ますまでの時間が段々長くなっていた。
それから酷く感情が薄れることがある。本当に機械そのもののような反応になることがあるのだ。
心さんの機構は引き取り手である紫さんが調べてみたけれど、まだ解明されていないブラックボックスがある。感情を生じる仕組みなどは特に。
「出来る限りではメンテナンスもしているんだがな。検査結果自体は正常としかでないんだ」
ぶつぶつ呟きながら、紫さんは白衣を翻して部屋をぐるぐる回っている。足の止まる気配がないことから、どうやら相当悩んでいるようだ。
「エモーショナルサーキットのラインがこっちに繋がってて……このルートが謎だな。ラインが三列になってて……」
「ゆ、紫さん、とりあえず落ち着きましょうよ」
心さんが苦笑しながらたしなめる。
表情が凍りつくのは本当に一時的なものなので、今はいつもと変わらず感情がある。
「ほら、今すぐどうにかしなきゃいけないことじゃないんですから」
「私にとって解けない謎があるということは十分理由になるぞ、心」
それに私がお前の監督者だしな、と言って紫さんは再びぐるぐると歩き回る。もちろん人造人間を作成する錬金術師としての興味もあるだろうが、心配のほうが勝っていると思われる。
心配そうに紫さんの様子を見る心さんへ、僕は尋ねた。
「心さんは、不安ではないのですか?」
「え?」
僕の問に心さんはびっくりした表情をする。想定もしていなかったという顔だ。
「理由がわからないことは、怖くないのですか?」
言葉を重ねると優しく頭を撫でる手が返ってきた。
「そうね……すずなくんは怖い?」
「たぶん、怖いと思います」
元々真っ白だった僕は同じような状況になったことはない。でも、また真っ白になると考えると。
心さんや紫さんが誰かもわからないような状況は、きっと怖い。
「私も、私が皆を忘れてしまうことも、皆が私を捨ててしまうことも嫌だわ」
悲しそうに心さんは言う。しかし、見上げている僕には表情が変わっていっているようにも見えた。
本当に緩やかで自然な動きではあったけれど、段々表情が抜け落ちていくような……。
「けれど、不思議と怖くないの。私の在るべき姿だから」
「心さん?」
「積木崩しはもう始まっている。誰にも、止められない」
「心さん!?」
完全に表情が消えたのを見た僕は言い知れぬ焦燥にかられた。
心さんが、心さんでなくなってしまう。
僕は咄嗟に心さんの腕をつかんで呼びかけた。急につかんだせいか力の調節が上手く出来なくて、心さんは眉を潜めた。
けれどむしろきっかけになったのか、心さんは戸惑うように首を傾げた。
「どうしたの、すずなくん」
「……いえ、すみません」
心さんは自分の状況に気付いていないのか、不思議そうに首を傾げる。元に戻ったのを確認した僕はそっと手を離した。
「びっくりしたわ。えっと、何の話をしてたんだったかな」
「紫さんがぐるぐる歩き回っていたので」
当の紫さんはとっくに足を止めて僕達のやり取りを見ていた。
表情は、とても険しかった。
Fine.