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2010.8.17 【暗】
Novel stage / Fun Fiction:LοV
《混乱》
宴は緋色の液体が飛び散るところから始まった。
跪き項垂れていた青年の壊れかけた杖から迸る闇の光が、蝿の女王の持つグラスを砕いたのだ。
「ほぅ?」
指先のワインを辿る赤い唇がにぃ、と三日月の形となる。
気配を感じさせない軽さで青年は立ち上がる。
「大丈夫、なのか」
真っ先に駆け寄っていたヒルダが声をかけるが返事はない。
揺れる炎に照らされた紅い瞳は以前あった心無いガラス玉ではなく、紅い光を湛えていた。
怒り、という。
「そうだ。そうでなくては面白くない」
嬉々として蝿の女王が玉座から宙へと飛び上がる。ぶぶぶぶ……と翅の振動する音が広がる殺気と共に空気を震わせていった。
「さあ、人間のロードよ! わらわと戦い、敗北に切り刻まれるがよい! 怒りと憎しみと絶望で満たされたそなたの血も力もわらわが貰い受けようぞ!」
一直線に飛び込んだベルゼバブの錫杖が色あせた金色の錫杖と火花を散らす。
同時に控えていた白骨が各々剣や弓を携えて彼らを取り囲もうと動き出した。
無論、やすやすと許すような者達ならこの場にはいない。
「ほっほっほ。命無き者はとっとと骸へ戻るが定めじゃ」
「末席とはいえ神族を舐めるでないわ!」
オークの老司祭の六角棒の光が骸骨を塵へと返していき、猿田彦の奮う軍配から放たれた行く筋もの雷が骨を打ち砕いていく。
また蝿の女王と競り合っていたルヴニールへはヒルダとフィーギーナが間へ入って一度弾かせる。
普段の青年ならここで下がり、全体を見回して自身に相応しい役割を実行するだろう。近距離、遠距離、回復と一通り行う彼らしい戦い方ではある。
だが、今回のルヴニールは違った。
距離を取ったと同時に、錫杖を遺跡で入手した刀へと持ち替え即座に開けた距離を踏み込んで埋める。力のなさを腕のしなりによる勢いで補い、引き戻しの隙を突かれないようアクロバティックな動きまで混ぜて戦う姿は仲間が誰も見たことのないほど苛烈を極めていた。
ましてや、あのおしゃべりなルヴニールが一言も言葉を発しないのだ。
「なかなかやりおるではないか」
応えるベルゼバブは深追いを避けつつ黒の錫杖で刀を捌いていた。見ればわかる。武器の技量そのものは明らかに人間のロードの方が勝っていた。
だが蝿の女王は笑みを崩さぬまま、更に言葉を重ねていく。
「不要な戦いは好まぬと聞いていたが、そなたの刃はこんなにも血を求めておる! 人にしておくのはもったいなき血への飢え、我らが魔種に近き存在よ!」
最後の言葉と同時に、青年の殺気が膨れ上がる。
続けられる鍔迫り合いに、近くて戦っていた彼との付き合いの長い二人が僅かな間に頷きあった。
彼は、持たない、と。
ルヴニールの肩から振り落とされた小悪魔が、きぃ、と不安そうに鳴いた。
震える暗闇で断罪の天使はあの唯一違った鏡を抱えて、白く大きな一対の翼で自分ごと包んでいた。
大きくなるばかりの振動はルヴニールの精神の揺れ。記憶のない心が記憶を刻まれた身体との歪みに悲鳴を上げている。
「このままでは……っ」
パワーズは決断を迫られていた。彼が切り離した記憶を解放するか、このまま抱えていくか……完全に打ち砕いてしまうか。
歪みは正さなければならない。だが本人が望まずに封じ込めたものを解放していいのだろうか。そして、ここまで深くに根付いた記憶を消してしまうことは果たして正しいのだろうか。
どうすれば、この人間の精神はもっとも正しい状態に戻るのか。
彼女は記憶の欠片を抱えて動けずにいた。
さながら、助けを求める人間達を前に何も出来なかった時のように。
To be continued...