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2010.7.13 【花】
Novel stage / original
《Oenanthe》
朝靄の中で、ふわりと薄布が森の空気に揺れた。
「ナンシィ、本当に行くの?」
「……うん」
ヴェールを被るのは年端もいかぬ少女。生成りのブラウスに空色のワンピース、持っているバスケットはかなり使い込まれている。
肩口程までのオレンジ色の髪を揺らしながら獣道を歩く姿は、どう見てもただの村娘にしか見えない。しかし、被っている高級そうなヴェールだけが分不相応だった。
「きっと……誰も幸せにならないもの」
早足で歩を進めながら、少女はぶつぶつと言葉を呟く。
獣道を歩くのは確かに一人なのだが、不思議なことに彼女へ誰かが言葉を返す。
「確かに君もパストリスもこのままじゃいけない。でも、その為にナンシィが辛い思いをするのは嫌だよ」
姿は見えないが、口調はとても心配そうだ。
「だから……」
「……ごめんね。セリ。心配ばかりかけて」
少女はあれほど急いでいた足を止めて、謎の声へと応えた。彼女には声の主がわかっているようだ。
すると呼びかけていた声が一瞬口を噤んだ。
そして、幾分和らいだ口調で語りかける。
「いいんだ。僕には何も出来ないから、せめて心配だけはさせて、ね」
「うん……ごめん」
しゅん、と落ち込んだ少女を声がさらに慰める。
「気にしないで、ナンシィ。ほら、パストリスへ気付かれる前に村を出るんだ」
「うん」
指摘されるた少女は顔を上げて再び歩き始める。バスケットの中身が触れ合って、軽い音を立てていた。
朝靄に包まれた森はただでさえ視界が悪い。
けれど、少女はまったく迷うことなく道を辿っていく。森の奥から吹き抜ける風が彼女を導いている。
蝶のついたヴェールの花飾りが揺れて、森の外へと消えていく。
初めての世界へ。小さな村から限りない大地へ。
大きな大陸の、ほんの小さな森の物語。
Fine.