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2010.7.11 【黒】
Novel stage / Fun Fiction:LοV
《黒く塗りつぶされた記憶》
断罪の天使は不思議な感覚の中で周囲を探っていた。
苦しみと悲しみに苛まれていた時にはまったく気付かなかったが、この場所はルヴニールのいわば精神世界。
安らぎと苦しみを内包する一面の闇の中に、青年の記憶だろうか、ぼんやりと浮かぶ光景がある。
それは長い鏡のような形をした光の筋に囲まれていて、森の中に男性と女性が立っている光景、草原をかけていた少女が振り返る光景、両手に大きな果実を抱えてきょとんと見上げる小悪魔の光景などが映し出されている。
「……随分と、楽しそう」
もちろん、彼女にとって青年は自分を討った相手。決していい感情を持っているわけではない。
だがどの鏡を見ても伝わるのは、仲間と共に歩む楽しさ。
楽しいことばかりではない。現に戦っている光景だって映し出されているが、誰かと共に戦っている時、この青年は楽しみを感じている。
「貴方は仲間と一緒にいると嬉しいのね」
パワーズはいくつもの鏡を覗きながらくすり、と笑った。
戦いの時の張り詰めた表情ではなく、自らが庇護するもの、そう、教団の信者達を見つめるような穏やかな笑み。
近頃はルヴニールが来ることも少なくなり、経過のわからないこの空間で、天使は時間のほとんどを鏡を見て過ごすようになった。
それは非常に新鮮な体験。しかし、同時に疑問も抱き始めた。
ここの鏡に浮かぶのは、もっぱらこの世界のことばかり。呪い森やザフー、山脈の中の遺跡など、全て大陸にあるものだ。
そして、そのいずれにおいても青年は現在の外見なのだ。
「どうして……」
そう、この空間の鏡に、青年の子供時代を映す鏡は一枚も無い。
もしもここが青年の精神世界なのだとしたら、成長の礎になる年少時代の光景がまったく無いのは何故なのだろう。
「心の中を意思で動かすことはできないわ」
パワーズはきょろきょろと見回し、見つけた鏡を片っ端から覗いてみた。
時期も順番もばらばらな鏡を見て回るのは、楽しくはあったが特定の光景を探すのは手がかかった。
だが、それでも彼女は見つけた。
形は他のものとまったく同じ、けれど、その鏡だけ表面に黒のペンキをぶちまけたように黒く染まっていてよく見えない。
「……何かしら」
断罪の天使は鏡の縁へ手を触れた。
すると、曇っていた表面が次第に透明へと色を変えていく。
ぼんやりと見えかけたのは遺跡のような場所。青年の目の前で何人かの人間と敵が争っている。
植物を叩き落しながら、人間が青年へ向かってなにかを叫んでいる。
「これは、この世界に来る前の……?」
彼女が呟いた瞬間だった。
『神の木偶人形如きが私の邪魔をするな!』
ばしんっ!
電撃で撃たれたようにパワーズは身体を硬直させた。
大音声で響き渡った、低い男の声。ルヴニールのものでは決してない。
「なん、な、の……」
パワーズはふらふらとその場にくずれ落ちる。
痺れた羽が足下についたまま、羽ばたかせることも出来ない。
「貴方は……一体、何だと言うの……」
全身を貫く痛みの中で、パワーズは聞くもののいない空間へ唇を動かした。
To be continued...