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2010.6.6   【悪】

Novel stage / original:Feast of Dolls

《悪ということ》


 


 

 植物園の中の古びた建物。
 少女は今日も遊びに、いや、アルバイトに来ていた。
 このオフィスにおいては依頼があるほうが実は少ない。所長であるドロレス自身は忙しく頻繁に出歩いているようだが、少女が事件の手伝いという形で借り出されたのは数えるほどしかない。
「ドリーさん」
「なぁに?」
 のんびりとティータイムを取っていた所長が顔を向ける。その手には一冊の本。
 少女は手元の書類整理を止めて、彼女へ尋ねた。
「ドリーさんはなんで探偵事務所を開いているんですか?」
「そうねぇ……」
 年若い所長は足を組み替えて、天井を見上げて悩む素振りを見せる。
 数分後、ぽん、と彼女は手を叩いた。
「本当の悪を探す為、かしら」
「悪、ですか?」
 少女はきょとんとした顔をドロレスへ向けた。彼女はとても可笑しそうに笑う。
「あら。結構難しいものなのよ」
 ふふふ、と声を上げる彼女へ、笑われたことに焦りながら少女は問を重ねる。
「で、でも、悪い人って沢山いますよね」
「そうね。俗に悪い人、と呼ばれる人は沢山いるわ」
 笑みを湛えたまま、ドロレスは逆に少女へ尋ねた。
「では聞くけれど、ここに盗みを働いた人とその人に宝石を盗まれた人がいるとするわ。どちらが悪い人かしら?」
 それはとても単純な問。
「そ、それは、盗んだ人が悪いに決まってるじゃないですか」
 少女は戸惑いながらもすぐに答えを返した。
 ドロレスは満足そうに頷く。
「そうね。盗んだ人が悪い。でもここに一つの前提を加えるわ」
 ぱたん、と開いていた本を閉じるとその手の人差し指をぴっと立てた。
「盗まれた人は、盗んだ人を騙して財産を全部奪ってしまったの。盗まれた宝石も、元々は盗んだ人が大切に持っていたお母さんの形見……さあ、悪いのは誰かしら?」
「え、えっと」
 少女は悩んだ。盗みは悪い。人を騙すことも悪い。けれど、騙さなければ盗みが起こることはなかった。
「……窃盗も詐欺も悪い、と思います」
 少女の結論は、両方とも悪い。やったことはどちらもいけないことなのだから。
 ドロレスは再び頷いた。
「そう、でも先程までは盗まれた人は悪くなかったわよね。貴女の中では」
「は、はい」
「つまりはそういうことなの」
 所長は机の上で手を組み、少女と向き合う。
「貴女が感じた思いは当然のこと。人によっては、それでも盗んだことが悪い、という人もいるでしょうし、本来手の中にあるべきものを取り返しただけ、と捕らえる人もいるでしょう」
 とても十代とは思えない深い笑みが彼女の面には浮かべられている。
「悪というのは相対的なもの。罪の大小、時系列、関係。与えられた情報や考え方によって、悪は変わる」
 そうでしょう、と同意を求めるような視線に、少女は頷いた。頷かざるを得なかった。
 今まさに、自分が体験したことだったから。
「でもね、私は思うの」
 少女があまりにも真面目な顔をしていたからか、くすくすと微かに声を上げて笑い出したドロレスは立ち上がると、彼女の右側にある大きな窓の側に立った。
「どんなに情報が少なくても、どんな事情があろうとも、どんなタイミングであったとしても、許されない悪があるのではないかしら、とね」
 開いた窓の外には青い空と日差しを浴びてすくすくと育つ緑が一面に広がっていた。
 そんな爽やかな外を見ながら、彼女は面白そうな玩具を見つけた子供のような表情で言う。
「だから私は探偵なの。警察官と違って悪を断罪する立場ではなく、悪を見定める為の立場。第三者に限りなく近い関係者」
 言葉の内容と明らかに食い違う表情に、少女はどこか得体の知れない恐怖を感じた。
「ど、ドリーさん……?」
「……やぁだ。脅えさせてしまったかしら」
 言葉尻が震える少女の呼びかけに、年若い所長はぺろっと舌を出して片目を瞑る。先程までの怖い雰囲気など欠片もない。
「ふふ。真面目に取られちゃったみたいね。ほんの冗談よ?」
「も、もう、驚かさないでくださいよ!」
 少女はそれまでの恐怖も振り切るように叫んだ。同時にばん、と机を叩いた為に少女の手元にある書類が空に舞う。
「あ、あーっ!?」
「あらあら、大変ね」
 慌てて立ち上がり飛び上がりながら紙を掴む少女。ドロレスはくすくす笑いながら見ているが手伝う様子はない。
「ちょ、ドリーさんも手伝ってくださいよ!」
「だって書類整理は貴女のお仕事でしょう? ほら、急がないと外へ飛んで行ってしまったわよ」
「嘘!?」
 室内に飛び散った紙をきっちり纏めてドロレスの前の机に置くと、慌てて部屋の外へと飛び出した。
「ふふ、元気ね」
 ドロレスはポニーテールに纏めた金髪を軽く指で梳きながら、建物の外へと飛び出していった少女の姿を上から眺める。
「……冗談ではあるわ。でも、嘘ではないのよ?」
 こっそり彼女が呟いた言葉は、少女へ届くことはない。


 Fine.


 

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