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2010.6.1 【帆】
Novel stage / original
《大いなる海原》
「今日もいい風よの」
吹き渡る潮風に身を任せ、少女は藤色の髪を靡かせた。
彼女の乗った船は聖杯を抱える乙女を船首に大きく帆を張り、海を越えていく。
こうして航海へと出られるようになったのも、つい最近のこと。
生まれた故郷を出て数年、仲間と共に手に入れた船で漸く達成できたのだ。
「……これで、わらわは帰れるのだな」
少女は目を輝かせて地平線の彼方を見据えた。叶うのなら、背に負う大きな翼で飛んで行ってしまいそうだ。
「クイン船長!」
小麦色の肌にそばかすを浮かべた少年が船室から駆けてくる。
「そろそろメシっすよ。早く食わないとなくなるっす!」
「すまぬの、パイル。今行こうぞ」
クインと呼ばれた少女が少年の隣に並ぶ。年の頃は同じ十四歳くらいなのだが、身長が頭二つ分ほど違うこともあり少女の方が年上に見える。
「いいんすよ」
人懐っこそうな笑顔を浮かべる少年は、歩き始めながら尋ねた。
「けど、クインさんは本当に海を見てるのが好きっすね」
「当然であろう。わらわは島で育ったのじゃ。海は母にして父、そして教師でもある」
少女は胸を張って答える。彼女にとって、陸よりも海の方が親しみがあるのだ。
「そうっすか……海そのものが故郷でもあるんすね」
「そうじゃの。近いかもしれぬ……パイルの故郷は山だったかの」
「はいっす」
うらやましそうに少年は彼女を見上げる。
理由はクインも知っていた。
彼の故郷は焼き払われ、なくなった。その事件において村を守る少年と、救助の依頼を受けた少女は出合ったのだから。
「そう簡単に変わるものではないが……海が、お主の第二の故郷になってくれることを祈る」
「やだなぁ。何湿っぽくなってるんすか。俺なら平気っすから!」
あくまで元気良く振舞うパイル。だが背を向けたことといい、急に走り出したことといい、感情は明らかだ。
「すまぬな。わらわは触れてはいけなんだことに触れたようだ。この通りだ」
小さくなる背に向けて、少女は深く頭を下げた。
そして、頭を持ち上げると、きっぱりと表情を真面目なものへ変え前に進んだ。
故郷をなくし、それでも彼女の願いを聞き届けた仲間のためにも彼女は海を渡る。
遠い島、生まれ育ち、今危機に瀕している我が家へ。
Fine.