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2010.5.29 【竹】
Novel stage / original:Abyss of Time
《なよ竹のかぐや姫》
僕が稼動し始めて間もない頃、心さんはよく絵本を読んでくれた。
紫さんによれば、既に言語を取得しているためにひらがなから学ぶ必要はないのだが、情操面の発達を考えれば通常の子供と同じ過程を経ておくことは大切だという。
「……かぐや姫は天の羽衣を纏うと、振り返りもせずに月へと帰って行きました。おじいさんとおばあさんは大層嘆き悲しみ、貰った薬を使うこともなく山へと投げ込みました。おわり」
ぱたん、と本を閉じた。
「ありがとうございます、心さん」
テーブルセットで隣の席に座っていた僕は頭を下げた。
「いいのよ。私も好きでやっていることだから」
心さんは微笑んで答える。他の本を読むときもそうだが、心さんは絵本を読むときとても優しそうな表情をしている。
休憩ということで飲み物を入れたところで、論文に目を通していた紫さんが急に振り返る。
「しかし、いつも思うのだがその話には納得がいかない」
紙の束を持ったまま、足を組んだ紫さんが僕達の方を向いた。
「何が不満なのですか?」
心さんが尋ねると、紫さんはつらつらと自身の意見を述べ始める。
「どう考えても、男どもがあまりにもへたれすぎるだろう。本気で姫が欲しいのなら百夜通いでもするべきだ」
どうやら紫さんは憤慨しているようだ。
「そんな無茶な……」
あまりの無茶振りに心さんは苦笑している。呆れた表情も気にせず、紫さんは力説を振るっていた。
「ああ、いっそ拉致ってもいいな。あの程度で諦められては女としても立つ瀬がないだろう」
紙束を振り回しながら紫さんはこちらへ歩いてくる。
そして僕の前に立つと、論文をテーブルの上に叩きつけて僕の肩を掴んだ。
「いいかい、すずな。お前に好きな人が出来た時は、ちゃんと掴んで離すなよ。私の気に入らない相手じゃない限り、私はお前を祝福するからな」
よくわからないままに僕は心さんを見た。心さんも酷く戸惑った顔をしている。
僕も心さんも戦闘用の人造人間だ。
人間と話が出来る程度には感情らしきものが作られている。けれど、戦闘に関係ない部分はあくまで付属品に過ぎない。
戦うことが最優先である僕達にとって、判断を鈍らせる可能性がある恋愛という感情は持てない。
「すずな、返事は?」
「僕に恋愛という感情はありません」
製造者である紫さんが諦めない為、僕はありのままを答えた。
「まだないかもしれないな。だが、お前はいつかわかるよ。好き、ってことがな」
それでも紫さんは僕を放さなかった。
「だから、約束してくれないか、すずな。いつになるかはわからないけれど」
真剣に約束を求める紫さんへ僕はよくわからないまま頷いた。
「わかりました」
「よし」
満足そうに頷くと、紫さんは席に戻って再び紙束と格闘し始める。
僕はわけのわからないまま、心さんを見た。
心さんもよくわからないといった表情を浮かべて肩をすくめた。
「……あまり気にしないほうがいいわよ。紫さんはいつも唐突だから」
「わかりました」
僕と心さんは不思議そうな顔を見合わせて頷いた。
(……お前にはわかるはずなんだ。本当に)
Fine.