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2010.5.25 【徳】
Novel stage / original:Abyss of Time
《Wine》
紫さんが自分の研究室で僕のデータを採取していた時だった。
「やぁ。元気かな」
今時持ち歩いている人も少ない木を編んだバスケットを片手に所長さんが入ってきた。バスケットからは何かの瓶の口が覗いている。
「徹か。少し待て」
突然の訪問にも紫さんは全く動揺せず、振り返りすらせずにコンピュータへの入力を続けていた。むしろ同時に気付いた心さんが慌てて立ち上がる。
「ちょっと紫さん! すみません、今飲み物を」
備え付けのキッチンに向かおうとした心さんを徹さんが止める。
「構わないよ。持ってきたし。だが私室の方で待っていていいかな、紫。環には見つかりたくないのだよ」
「好きにしろ」
紫さんの手はキーボードから離れない。けれど、口は普段と変わりなく動いている。
「すずな、データは取れたからもういいぞ。徹に遊んでもらえ」
「おお、いいね。おいで、すずなくん」
「はい」
行動パターンのデータ採取を終えて、促されるままに僕は訓練スペースから研究スペースへと戻ってきた。
紫さんと心さんは、これから採取されたデータを元に僕の基礎回路を改良するべくデータ解析中だ。僕は暇だからという訳でもないが、紫さんの私室へ向かう。
棚にいくつかの本。机。寝台。クローゼット。四人掛けのテーブルセットにゴミ箱。装飾品の類はほとんどなく、色は白で統一されている。
徹さんはテーブルの上に持ってきたバスケットを乗せ、緑色の瓶を取り出した。そして不思議な形の器具を取り出した。
「所長さん、それは何ですか?」
僕が近付いて訪ねると、所長さんは笑顔で答えた。
「初めて見るかな」
徹さんは僕に小さなキーホルダーのようなものを全体が見えるように持つと、いろいろと内部から引き出してみせる。
「十徳ナイフといってね。いろいろな作業がこれ一本でできる」
「便利ですね」
僕がそう言うと、早速そのうちの一つを使って所長さんは瓶のコルクを抜いた。
「さて、それじゃあ先に始めていようか、すずなくん。いい出来の年なんだよ、これは」
上機嫌出かけられた言葉に、僕は頷いた。
「漸く終わったぞ、って、寝てるじゃないか」
「完全に酔ってますね、これは」
紫さんと心さんが来たときには、徹さんはすっかり酔いつぶれていた。
用件を何となく察したのか、紫さんは首を傾げる。
「しかし、未成年の私と酒を飲もうとは何考えているんだ。心、構わないから環を呼びつけてやれ」
「わかりました」
酔いつぶれてまでも機嫌のよい徹さんを横目に、心さんは内線をかけた。
怒りの表情を浮かべた環さんが来るまで、そう時間はかからなかった。
Fine.