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2010.6.5   【酸】

Novel stage / original:Abyss of Time

《因果律》


 



 皐月研究室。
 最近、この研究室には大量の機材が運び込まれた。
 部屋の主、紫はそのうちの一つ、人一人は入れそうな円筒形の水槽のようなものを見上げている。透明な筒の中は薄い青色の溶液で満たされていた。
 彼女の視線はぼんやりと、ただ見つめているだけだった。
「……なあ、心」
 その唇がやはりどこか呆然と側に立つ人物への言葉を紡ぐ。
「私は、何の為に研究していたのだろうか」
「紫さん……」
 問いかけられた心は、どこか沈痛な面持ちで小さな研究者を見る。
「私は確かに今までいくつもの理論を打ち立ててきた。核酸の代替構造モデル、体形成に必要な強化筋、流動金属による武具変形の基礎理論、知能発達の効率的学習……だが、まさかこんなことに使うとは思ってなかった」
 飛び級を繰り返し、博士号をいくつも取得した人造生命に関する天才。だが、それでも彼女はまだ十代前半の少女なのだ。
「このままでは消えてしまうとはいえ、生きた人間を人造人間として再構成するなんて、な」
 人を殺した上で蘇生させるという道徳的な重さを背負うには、あまりにも幼い。
 それもただ復活させるのではない。普通の生を送っていられたはずの命を、得体の知れない化物と戦うモノとして造るのだ。そうしなければ、誰も資金を提供しない。
「……私は、今まで人を助ける為に研究していると思っていた。日常の裏側にあるイレイサーに人々を近付けないようにするためだと」
 けれど、と言いながら紫はもう一つ、別の円筒を見上げた。
 大きさも中に入っている溶液も同じ。けれど他にも中身があった。
 紫より少しだけ年上の少年。身体を丸くして、まるで母親の胎内で眠っているように穏やかだ。
「私のすることは、人も、殺すんだな。イレイサーだけでなく、人も」
「で、でも」
 都川心はなんとか言い返そうと、言葉を紡いだ。
「紫さんのおかげで、この子は消えないんです。これからも生きてると言えるんです」
 彼女は自分の胸元ほどぐらいにしか背丈のない少女へ一生懸命に語りかける。
「私達人造生命は、確かに普通の人間のような生活を送るのは難しい。でも、少なくとも死んではいません……!」
 必死の呼びかけに、紫は一つ頷く。どこか呆けたような表情はいつの間にか悲しみに変わっていた。
「悪いな、心。お前の生を否定したかったわけではない」
「あ、いえ、決してそんな風に聞こえたわけでは……」
「わかってる。だが、私はどうも心の隅でそう考えていたのかもしれないな……」
 そして、彼女は一度目を閉じた。再び開いた時、真っ直ぐに円筒形の水槽のようなものを見つめる目は、全てを振り切った強い意志を湛えた目。
「さて、天才科学者の名にかけて、きっちり蘇生させてやるか」
 その口元には笑みさえ浮かんでいた。


 Fine.

 

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