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2010.6.17 【脳】
Novel stage / original:Abyss of Time
《Ideal》
すずなくんを"蘇らせる"ことを決めてから、紫さんは研究室に篭りきりになった。
眠気覚ましのコーヒーしか口にしない。
睡眠もとらない。
そんな日が三日近く続いている。
私は何度も止めた。徹さんも幾度か顔を出してさりげなく注意した。
普段は反目しているあの環さんでさえ、様子を見に来た。
それでもまったく手を止めなかった。
何度声をかけても、紫さんの答えは一つ。
「これだけは手を抜けない。大事なところなんだ」
止める手立てがなくなってからは、少しでも負担を減らす為にバイトを休んで手伝うことにした。
四日目の朝。
「……紫さんっ!?」
紫さんは私の目の前で倒れた。机から立ち上がろうとして、膝が崩れ落ちたのだ。
慌てて彼女へ駆け寄った。
頭は辛うじて打ってはいないが、顔色が悪い。呼吸も乱れ気味。
酷く焦りを感じながら、私は咄嗟に所長室へと内線を繋いでいた。
「……皐月さん?」
いつも冷静な秘書の人の声。
ここから内線を繋ぐことなどほぼ無く、不思議に思っているのがわかる。
「環さん、私です!」
「その声は都川さんですね」
戦闘用人造人間として造られた筈の私が何故か焦っている。
「紫さんが、紫さんが倒れて……」
「いつです?」
応える環さんの方がよほど冷静だった。書き留める為か、紙の擦れる音が受話器の向こうから聞こえる。
「今です。どこもうってませんけど、顔色が悪くて、意識もなくて」
上手く伝えられられないことがもどかしい。ただ、断片的にでも伝えればわかってくれるかもしれない。
「わかりました。念の為、救急車を呼びます。申し訳ありませんが、皐月さんをエントランスの方まで」
「はい!」
研究所の内部を部外者に見せるわけにはいけない。これが最大限の譲歩だった。
私は出来るだけ揺らさないよう、それでも出来るだけ速く紫さんを運んでいった。
幸い、環さんの呼んだ救急車はほぼ最低限の時間で到着し、親御さんが到着するまでは彼がついていてくれることになった。
「これで……ひとまず安心、ね」
手の空いた私は紫さんの研究室に戻り、点けっぱなしのコンピュータのディスプレイを覗き込んだ。
緻密に書き込まれたプログラムが。
ファイル名は「suzuna_ideal」。
「アイディール……すずなくんの、人格?」
紫さんが消したくないと願っていたすずなくんそのもの。
「確かに、大切だわ」
膨大な長さの文字の羅列。これが人造人間としてのすずなくんを、すずなくんたらしめる基となるのだ。脳と言い換えてもいい。
私はデータを保存し、バックアップも取る。ふらふらの紫さんにはそこまでやる気力はもう無かったようだ。
「……無茶は、今回だけですよ。紫さん」
コンピュータを休ませながら、私は紫さんが戻ってきた時になんて言おうか。ずっと考えていた。
「紫さん、おかえりなさ」
「さあ心続きだ続き! 一週間も入院させられてもう飽きた!」
「あ、飽きたって」
「点滴も数本打った。めまいも貧血も無い! 健康体だ! 私に研究をさせろ!」
結局、考えていた言葉はその剣幕に押されて言えなかったのだけれど。
Fine.