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2010.6.13   【針】

Novel stage / original:Feast of Dolls

《Past Days - Fire Scene -》


 


 

 宵闇が赤く赤く染め上げられていた。
 数時間前にある一人の人物によって点けられた火は、巨大な炎となってあっという間に村を包み込んでいる。
 怒りに狂った司祭も、脅える男も、笑っていた女も、眠っていた子供も。
 全て全て飲みつくして。

 その中心地、木で組まれた見せしめの絞首台がある村の広場。
「ああ。もう命の灯はないのかしら」
 ざく。ざく。
 かつて生き物かただの物だったのかわからないものを踏みつけて歩いてきたのは、大きな黒い犬を従えた金髪の少女。
 視線の先には、台の上で黒いロングドレスの女性を両手で抱きかかえ、膝をつく白い長衣を纏った青年がいた。
 俯いていて彼の表情はわからない。
 だが、女性は力ない虚ろな瞳で空を見上げていた。喉にはどす黒い縄の痕。涙の代わりか、両耳には雫型の青石が下がり、炎に照らされている。
「こんばんは」
 少女がまるで隣人へ挨拶するように声をかける。
「今宵はお祭なのかしら。随分と炎の美しい夜ね」
 彼女の声に反応して、ゆるゆると青年は頭を上げた。さらりと長い蜂蜜色の髪が流れ、憔悴した面には悲しみに溺れた緑の瞳が薄く開いている。
「……貴女は」
「私は通りすがりの死神のようなものよ」
 くすくすと微笑みながら答える少女。姿に似合わぬ言葉は、手に持った白銀の大鎌が証明するようにきらり、と光っている。
 すると。
「死神……私を、裁きに来たのですか?」
 どこか呆然としたまま、青年は自分よりも年下の少女を見上げた。
「あら、貴方は裁かれるようなことをしたの?」
 微笑んだままの少女が尋ねる。
 青年はぼんやりと、答えるというよりは呟く様に言葉を紡いだ。
「彼女が……火を、つけました。私を悪魔として告発した全てを、灰燼に帰す為に」
 話に少女は首を傾げる。
「それは貴方の罪ではなく彼女の罪ね」
「私は、止められなかったのです。彼女を説得することが出来なかった。私が止めなければ……彼女がこうすることを、知っていたのに」
 そして、彼は彼女を抱いていた両手を眺める。
「止められなかった私はせめて私の手で彼女を止めることしか出来なかった。この手で、彼女を……」
 よく見れば、青年の側には本来絞首刑で使われるはずの荒いロープが落ちていた。
 つまり、彼が抱く黒いドレスの女性を絞め殺したのは……。
「そう。貴方が裁いてほしい罪とはその事なのね」
 聞き終えた少女は人差し指を頬に当てて考え込む。
 火が燃焼物をなくし、くすぶり始めた頃に彼女は傾げていた首を戻し、一つ頷く。
「ならば、私と共に来なさい。貴方が償い終えた時、私は貴方に浄化の道を指し示す、それでどうかしら?」
「……私に、生きろというのですか」
 青年は呆然としたままの緑の瞳を向ける。彼女の側に控える黒い犬もまた抗議するかのように彼女の服の裾を引いた。
 しかし、彼女は動じない。
「ある意味ではそうなるわ。別の意味では異なるけれど」
 言いながら、少女の手の中で巨大な鎌がその形を変えていく。小さく、細くなったそれは、鋭いニードル。
 そして少女は青年の前にしゃがみ込むと、女性の虚ろな瞳を伏せさせた。その手はそのまま横に滑り、涙のような雫型のピアスを外した。
「貴方が裁かれたいと願うなら、私は死神として応えましょう」
 あくまで選択を迫る少女。絞首台が、裁判の場所のような厳粛さを帯びる。
 青年は呆然とした瞳で少女の目を見返す。
 赤き炎の光と混ざって黒く染まった瞳はやがて光を取り戻し、はっきりと認識する。
「……望みます。彼女の分まで、私が償う」
「わかったわ……貴方の契約は、貴方を苛む焔を身に負って私と共に進むこと」
 少女が厳かに告げ、青年が頷く。
「貴方を私の名と共に進む者として契約する……貴方の契約名は、フォイア。そして、契約の証はこれ」
 形を変えて産み出されたニードルがふわり、と浮き上がると、青年の耳を貫く。
「……っ」
 一瞬、苦痛に顔を歪めた青年。だが、直にその表情は疑問に変わる。
 少女は彼の戸惑いに気付かないふりをしてニードルを抜き取ると、その耳に女性から外した青石のピアスを止める。
「契約成立、よ」
「……私は」
「どうかしたのかしら」
 首を傾げて尋ねる少女へ、青年は漸く何かを得心したように表情を緩ませた。
「もう、死んでいるのですね」
 少女の足下にある、もう何か判別できないほど黒く焦げた塊。けれど微かに燃え残っているものがある。
 白い、服の裾。
 彼女は自分の足下を見ると、ぺろっと舌を出して笑顔を浮かべた。
「ええ、その通りよ」
 その笑顔は、年相応の悪戯をした子供の笑みだった。


 Fine.


 

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