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2010.4.19 【橋】
Novel stage / original:Willwart
《Tor Brucke》
空中都市の中心部。
多くの公共機関の建物で埋められた雲の上に、広い空白部分が一カ所だけ在る。
エルプシャフト公園。
公の広場を必要とするような行事はここで行われ、正式な通知などが張り出される掲示板もあるこの公園は、普段は人々の憩いの場として認識されている。
しかし、全く違う思惑を持ってくる者もいた。
普段研究所と自宅にしかいないのに訪れた、ギルフォード・ブラックスターもその一人である。
白い翼の少女が不思議そうに見ていたのも知らずに……。
蝙蝠のような翼をはためかせて降りた青年は公園にいる人々に気付かれることなく、陰のように木々の間へ溶け込み、消えていく。
そこは人の多い公園の中でも誰も来ない場所。木も深く繁り、わざわざ覗き込まなければ発見することはできないだろう。
しかしそんな場所にも関わらず、大地の代わりを勤める雲の上には半球状の透明な黄色い石があった。
青年は石の横にしゃがむと人差し指で触れる。そして目を閉じて意識を集中させた。
すると石の中から湧き出すように、雲へ金色の円が映し出された。
円は二重になっていて、その間は文字のような物が埋めている。よく見ると石はガラス玉のように色のない透明になっており、どうやらこの魔法円と思われるものの色が内部から黄色に見せていたらしい。
ぼんやりと溢れる金色の光にギルフォードは石にふれていない方の手を触れさせる。
その指先から少しずつ金が赤を帯び始める。円や文字を赤く染めながら全体へ広がっていく。
青年は一言も発することなく意識を傾けていた。その額にはうっすら汗が浮かんでいる。
そして円が完全に赤くなると文字が一瞬強い金の光を放つ。金が青年を染めあげ、消える。
後には再び黄色の透明な石が残っていた。広がっていた円や文字はもう見えない。
「……登録、完了」
ふぅ、と一息をついてギルフォードは座り込んだ。息まで切れている。
しばらくその場で呼吸を整えていると、青年の顔に影がかかる。
「地上への連結橋、よく見つけたな」
掛けられた声。黒翼の青年にとって非常に聞き覚えのある声だった。
ゆっくりと落としていた視線を上げると、鳥のような白翼が目に入る。
「……アレク」
「お前、なにやったのかわかってんだろうな」
親友の表情は厳しく硬い。彼は規律を守る側に属する者、怒るのは当然だ。
「……ああ」
諦めたようにギルフォードは目線を再び落とす。アレックスは見たことがあるのか、青年のやったことがわかっていたようだ。
「ゲートウェイへの登録……これでお前はメインゲートを使わなくても、ここの連結橋から地上へ行けるようになったってわけだ」
本来、空中都市に住む天翼族は地上への干渉を禁じられている。だが移動方法がないわけではない。最も公的な手段が、この都市を統括する議会が管理する地上への橋と呼ばれる転移装置を用いることだ。
干渉はしなくとも監視はしている。都市を隠すためには地上の技術レベルに合わせた対策が必要になるからだ。
もちろん無差別に大地へ降ろす訳にはいかず、橋の中にある門への登録が必要になる。
「そうなる、はずだった。よく見つけたな」
降ろされるような者達の中には、アレックスの同僚も多い。議会の下部に属し、空中都市の者であれば当たり前のように使える能力を使わなくても地上で身を守れる者。
アレックスはギルフォードの向かい側へ座った。そして真っ直ぐに見据える。
「……言っとくけど、俺はお前を止める気はない」
弾かれたように黒翼の青年が顔を上げる。
「俺はお前の実力も知ってる。研究所の方に行ったが俺と同等の身体能力があるし、地上の知識も好奇心もある」
驚いている様子にも構わず、白翼の青年は真面目に話し続ける。
「それを天空に止めておく方が無理って話だ。けどな」
「けど?」
思い当たることのない様子のギルフォードへアレックスは告げた。
「パールを巻き込むな。あいつには早すぎる」
全く考えていなかった名前を出された青年は、動揺しながら即座に聞き返す。
「何故、そこでパールが出てくるんだ」
「俺が何でお前を見つけられたと思う?」
ギルフォードが答える前に、答えを繋げる。
「あいつが見つけたんだよ。お前が公園に入っていくの」
「……なんだと」
「俺も一緒にいたけど気付かなかった。けど、パールが絶対いたって言うからお前の興味が向きそうな所に来て、大当たりってことだ」
呆然とする青年は、怖いくらい真面目な目をするアレックスの理由が漸くわかった。
心底、妹を心配しているのだ。
「パールも地上への興味は高い。散々お前の家の本読んでるしな。でも、あいつじゃ地上で身を守れない。能力がいくら高くても駄目なんだ」
「……ああ」
「逆に言えば、能力の高いパールならゲートウェイへの登録のやり方を覚えればあっさり出来てしまう」
「わかった、アレク。お前の言いたいことはわかった」
更に言い募るアレックスをギルフォードが止める。彼もまた、痛いくらいに心配の気持ちは分かるのだ。
彼自身も、常々思っていたから。
「気をつける。本当に」
真剣に頭を下げる黒翼の青年。
「そうしてくれ」
アレックスは立ち上がると、彼に背を向ける。
「……これは独り言だが」
立ち上がるギルフォードを見ずに白翼の向こう側から声が届いた。
「本当はお前も止めたい。けど、無駄だからな……気をつけろ。思ってるほど、簡単な場所じゃない」
「……すまない」
謝罪の言葉が返されると同時に、アレックスが振り返った。その表情はいつも通りの明るいものだ。
「独り言以上。とりあえずパールに納得させないといけないからお前も来い」
「ああ」
ギルフォードもまた普段通りのほぼ無表情へ戻った。
二つの白と黒の翼が飛び立つ。
Fine.