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2010.12.8 【眠】
Novel Stage / original:Willwart
《後祭の始まりは告げられた》
「ほら、戸惑ってる暇はないよ!」
「わ、わかってますよ!」
天地を貫く赤い光が弾け飛ぶ瞬間を目の前にしたアレックスは、自身の嫌な予感が当たったことを確信する。おそらくフォレスターも同じような予感を持ち、彼は即行動を起こしたのだろうとも……手段の強引さはともかくとして。
今、彼らは街中の公園にいる。ギルフォードが地上へ行くために使った非合法の方法を取るためだ。アレックスは議会へ正規の申請をすれば合法的にゲートを通ることも出来るが、今はその時間が惜しい。
そのため、こうして起動をせっつかれているわけだ。
「けど、本当にあなたも行くんですか?」
「君をここまで引っ張ってきたの誰だと思っているのかな。当然だよ」
腕を組んで、いらいらと爪先を上下させながら眉をつり上げるフォレスター。
「私一人ではどうしようもないから連れてきたんだ。これ以上ごねるつもりなら」
「そ、そんな気はないですよっ!」
白衣の内側からなにやら怪しげな薬品を取り出しかける男性に嫌な予感を遙かに上回る恐怖を覚えつつ、白翼族の青年は剣を抜くと降下装置を作動させる。
「これ以上は止めません。けど、気をつけてください」
「ああ、私の心配は不要だ。君が護ってくれるからね」
さらりと放たれた言葉は楽天的なのか、それとも信頼の証なのか。わからない不安を抱えたままアレックスは起動のコマンドワードを唱えた。
二つの翼持つ影は周囲から見えないよう障壁を張られつつ地上へと近付いていった。
行き先をコントロールしているのは白翼族の青年だ。
「どこへ降りるつもりだい?」
「……あいつが地上に降りてて何かあったなら、戦いが発生してる場所に興味を持って近付いた可能性が高い。今小競り合いが起こってる国境に行きます」
眼下にあるのはアブソエティアとアルゲンターリアの国境。流石に直接降りるわけには行かないので少し離れた平地を目指す。
しかし、おおよそ地上から二千メートルほどの高度に達した時。
「アレク、進路をずらしてくれ。もっと森側だ」
「え?」
フォレスターがアレックスの腕を引いて戦場の方角とは反対側、西にある森の方へと身体を向けさせる。
「ギルとパールが向こうにいる」
「あ、はい…………ってなんでパールまで!?」
感じた嫌な予感は地上へ行っているギルフォードに対するものだと思い込んでいた青年は予想外の人物名に意識が完全にそちらへ向く。予想していた男性が両肩を押さえつけていなければ、振り返ってそのまま掴みかかっていただろう。
「いいからまず方向を変えたまえ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。パールがいるっていうのは……」
「確かだ、ディアナの声がするからね。ほら、私を見ている暇があったら向きを変えて降りたまえ。後でいくらでも見つめてくれて構わないから」
非常に聞き逃してはいけないような発言を聞いた気もするが、フォレスターとの会話を続ける上であまり細かいことにこだわると話が進まない。青年は諦めて彼の指示する方向へと降りる位置を調整した。
高度が下がるにつれて男性の指示が細かくなっていく。
だが、操作通りに軌道修正して降りた先にはコートを赤く染めて倒れるギルフォードと折り重なるように伏せて眠るパール。その側には二人とも見覚えのない黒衣の人影が立っている。彼ら三人を中心とした白い光の膜を展開しているのは意識のある彼だろう。
「パール! ギル!」
地上に降りるや否や駆け寄ったアレックスは光の膜に阻まれ、そこから先へ近付くことはできない。
「あいつが原因なのか!?」
抜いていた剣を風の力を纏わせるために振り上げた青年の腕は再びフォレスターによって止められる。
「少し落ち着きたまえ……彼は巻き込まれただけのようだよ。しかし、このままでは近付けないね」
アレックスにならんだ黒翼族の男性は光の膜に手を触れると、中へと呼びかける。
「そういうことだから、いい加減彼にこれを解くよう言ってくれないかな。エルスタイン、ディアナ」
そう呼びかけた瞬間。
光の膜の強さが増した。
「な、なんだ?」
純粋に驚くアレックス。だが、フォレスターには原因がわかっているようで呆れたように首を振る。
「……やれやれ、ジュエル同士の仲違いとはね。アレク、彼らは一度空中都市に戻る気だ」
膨れ上がる力に自身の力も乗せる。男性は一緒に戻るつもりだ。
「それって降りて来たのが完全に無駄じゃないですか……?」
「いや」
フォレスターは首を横に振ると、膜の中の人影へ目を向ける。その背に翼はない。
「いいかい、天上に戻れば彼らはあの膜を解くだろう。そして十中八九到着地点には議会直属の騎士、つまり君の同僚たちが待機している。さっきの光の意味を知っているものが議員にいない確率の方が低いからね」
「あ……」
「彼らに捕まる前に私はあの巻き込まれた者を確保するから、君は弟と義妹殿についていたまえ。ただでさえまずい立場なのに、地上の人間を天空都市に連れて来たとなれば罪は更に重くなる」
「わ、わかりました」
そこまで話したところで彼らの眼前は完全に白く染まり、身体だけでなく意識まで光の中へと引きずり込まれていく……。
アレックスが我に返ると、周囲の光景は元の空中都市の公園へと戻っていた。
どうやら光の膜は強い輝きを持って弾けたようで、周囲には同僚達の動揺してざわめく声が聞こえてくる。
「任せたよ」
即座に横を掠めていくフォレスターの声がポイントを囲む草むらの中へと消えていった。騎士達は地上にいないわけではないが、逃げ出してもすぐ対処できるように空中で待機しているものが多い。怪しまれなければ隠れているのは難しくないだろう。
もっとも、そこまで知っているのは内部の者くらいのものだが。
アレックスも一度草むらへ移動した後に飛び出す形を取る。幸い、騎士達の白く焼きついた視力よりも速く動くことが出来た。心配だったからだ。
まずはパール。そして大量に出血したと思われるギルフォードの様子を確認する。見た限り大きな傷はどこにもなく、ただ疲れ果てて眠っているだけのようだ。
「パール、起きるんだ。何があった……?」
石たちの声を聞くことが出来ないアレックスは本当に事情がわからない。
その頭上に投げかけられたのは、彼の直属の上司の非常な宣告。
「アレックス、離れたまえ。彼女は大罪人だ」
「お、お待ちください! 確かに地上へ降りたのは大罪でございますが」
あまりにも厳しい語調に青年は反発を覚えた。地上へ降りることは禁じられてはいるが、重い罰にはならないことを取り締まる側であるアレックスは知っている。それなのに騎士団長は今までみたことがない程厳しい表情をしているのだ。
しかし、続いた言葉は彼にとって驚愕の内容だった。
「それどころの話ではない、パール=メロウは禁忌に触れたのだ」
禁忌。
議会の指定する、決して曲げてはならない理を無理矢理曲げる方法。
「な……」
アレックスは驚愕に目を見開き、固まる。パールが禁忌に触れたこともあるが、それ以上の衝撃が彼を襲った。
騎士団も知っている議会における不文律。
禁忌に触れた者は例外なく記憶を全て消された上で数十年の眠りにつかされる、という。
「連れて行け」
団長の号令が騎士達に下される。
アレックスのショックで動かなくなった腕から抱えた小さな温もりを強制的に引き剥がされ、彼自身も別の騎士に支えられて立ち上がらせられた。青年の妹へ対する愛情を知っているだけに、支える蜻蛉の翅を持った騎士は沈痛な表情で彼と視線をあわせることはない。
「その……気をしっかり持てよ」
ただ、気遣いの言葉を呟くだけだった。
大勢の騎士につれられて三人が去った後、黒衣の人影を抱えた黒翼族の男性は注意しながらこっそりと公園を離れる。
「アレクのあの反応なら多分疑われないだろうね。話さなくて正解のようだ」
口調は軽いが、その表情は硬い。
「もっとも、これからが問題だ……さて、どうするかな」
そう呟くと、背の蝙蝠に似た羽を大きく広げて空中に身を置いた。
Fine.