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2010.12.4 【霜】
Novel Stage / original:Willwart
《穢れなき思い出を胸の中に閉じ込めて》
……あいつには見せられない姿だ。
ギルフォードは心の中で呟くと血に濡れた剣を大きく振った。染める赤の割に彼の通った後で倒れ伏す武装した者達に死者は少ない。それだけの技術の差と青年が目的の為に吹っ切れたことを如実に表している。
少年に案内されて向かった粗末な小屋で臥せっていた病人。
彼の母親だという女性はぼろ布のような薄い毛布を二枚重ね、骨が浮かび上がるほど痩せ細った姿で少年の話す街の様子を聞いていた。
見た目は栄養失調と判断されるだろうが、痩せておりながらも浮かぶ浮腫がそれだけではないと警告を発している。
息子の言葉に半信半疑ながらもギルフォードの質問には丁寧に答える。最中にも何度か咳き込み、その背を少年が心配そうに撫でていた。
もう何年も会っていない両親を思い出しながら、青年は見立てを終えると立ち上がった。
行き先を問う少年へ、換金用にと持っていた小粒のラピスラズリを渡してから青年は告げた。
必要な薬草を取ってくる、と。
凍心霜。
ウィルワートに存在する、内臓系の疾患に絶大な効果を発揮する芯の部分が真白な花。
けれど、空中都市においてもその存在は貴重である。栽培している数が少ないことと、唯一栽培を手がける麝香揚羽の翅を持つ翁が偏屈として有名であることが上げられる。
翁の凍心霜を譲る判断基準はただひとつ。どれだけの珍品を差し出すか、ということだ。
珍しい物に対して興味を抱かなかったギルフォードには彼が満足できる品がなかった。
諦めかけた瞬間、青年は思いついた。
もし、地上世界にしかない物を差し出したとしたら。
そして、情報を収集するためには人の集まる場所へ行くのが一番だった。身元が明らかでなくても紛れることの出来る場所に。
「……とはいえ、短慮ではあった、な」
殺したごろつき達が持っていた情報に、傭兵として功績を立てた者には褒賞を取らせるというものがあったこともあるかもしれない。いちいち身元を問われない傭兵募集が丁度いいと考えたのだ。
お世辞にも優勢とは言えず、誘い込まれた砦の中から脱出を試みているところだ。外から見た光景と自分の歩いてきた道を照らし合わせればおおよその見当は付けられる。
ただ流れに逆らえず大分奥まできてしまった上、右側階段上から戦いの気配を感じる。特に何の義理があるわけでもないが、見捨てるのも流石に気が引ける。
僅かに逡巡しつつも足を動かし始めた時、左側面から飛び出してきた人影とぶつかりかける。背の高い金髪の青年騎士。身に着けている甲冑は交戦相手であるアブソエティア国の紋章が刻まれている。
「傭兵か」
既に相手も何度か交戦したらしく、白銀の長剣には血糊がついていた。
ギルフォードは無言で剣を構えることで問いに答える。その表情は厳しいものだった。
今までに闘った兵士達とは比べ物にならないほど、この騎士は強い。青年にすらわかる。
けれど、見逃せば階段の上で闘っている傭兵達を見殺しにすることになる。
「戦場を離れるのなら、無理に殺さない。戦いの不利はわかっているはずだ」
騎士もまた味方の元へ急ぎたいのか、淡々とした口調ながらもその言葉は速く聞こえる。
「……仮でも味方になった者を見捨てることは出来ない」
「そうか」
白銀の剣が一度騎士の前に掲げられ、隙のない構えへと移行する。呼応したギルフォードも構え直し、動き出そうとした。
しかし、二人の腕は非情なまでに違いすぎた。
青年の纏う濃紺のコートが翻りながら剣同士をぶつけ合う前に、白い光の筋が深々と側腹部を抉る。進もうとした動きが残っていたのか、赤い飛沫を散らしながら青年の身体は前のめりに崩れ落ちる。
「っ……ぐ、うっ……」
押さえるにはあまりにも広く鋭い斬撃の痕。石の廊下や壁を容赦なく染める赤の中、青年騎士が階段を駆けていく。
急速に失われていく自身の熱をどこか遠く感じながら、青年はぼやけた視線で微かに見える青い空を捉えた。
「……すまない。パール」
兄でも親友でもなく、自分へ幼さゆえの一途な想いを抱く少女を黒く染まりゆく視界に浮かべて。
「帰ると……いったのに、な……」
ギルフォードは赤い海へと沈んでいった。
その直後に響き渡った、悲痛な叫び声を聞き届けることなく。
Fine.