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2010.12.6   【開】

Novel Stage / original:Willwart

《かくして天地の扉は開かれた》


 


 

 ずっと会えなかった大好きな人を見つけた。毎日のように会っていたのに、突然姿を消すようになったあの人に。
 だから、せめて理由を聞きたくて。
 追いかけて。追いかけて。
 一度見覚えのない場所に迷い込んで、漸く見つけた。
 なのに。
 そのひとは、めのまえで、おなかを、きられて、たおれた。

「ギル、くん……?」
 天翼族の少女はおそるおそる血溜まりの中へと足を踏み入れた。酸化しつつある赤は黒を帯びて、にちゃりと不快な粘性を靴裏へ与える。
 未体験の感覚に一瞬怯える少女。けれど、彼女にはもっと重要なことがあった。
 汚れるのも構わず小さな手を伸ばす。細く長い青年の手はまだ温かかった。
「ギルくん、だいじょう、ぶ?」
 赤に染まった手をぎゅっと両手で握る。力のない掌から剣が赤の海の中へと落ちた。
 どれだけ声をかけても答えは返らない……血の流れるスピードは、もうかなり遅い。
「う、そ……」
 小刻みに震え始めた両手から青年の右手が落ちる。空になった小さな掌は紅葉のような赤に染まっていた。
「ギル、く、ん……」
 恐怖に駆られたエメラルドの瞳が閉じられた瞼をとらえ、視線を降ろしていく。ただ眠っているのならば絶対に生じない、唇の橋からこぼれたどす黒く変色しつつある血の筋。
「い……」
 少女の唇からもこぼれ落ちる。全身から膨れ上がる少女の力、地上世界においては理と呼ばれる力と共に。
「いやああああぁぁぁああああああぁぁぁぁっっ!」
 悲嘆と、絶望の、慟哭が。

 唐突に。
「……っ!?」
 アレックスは貫かれるような痛みを感じた。一瞬だけとはいえ、思わぬ苦痛に抱えていた資料を全て取り落とす。
 ばさばさと翻りながら落ちる紙束の音に同僚たちが振り返る。
「どうした、アレク?」
「い、いや、なんでもない」
 慌てて資料を拾い上げながらも、跳ね上がった動悸が収まらない。
(嫌な予感が、する…………)
 まるで貫かれた部分から血がどくどくと溢れだす感覚が青年を苛んでいた。心の奥底がちりちりと焼け付く。
 それでも日常通りの業務を続けようとした時、ばん、と勢いよく資料室の扉が開かれた。
 そしてずかずかと入ってきた黒翼族の男性が資料を拾い集めたばかりのアレックスの腕を取り、ずかずかと連れ出していく。
「お、おい!」
 往路は誰も動けなかったが流石に議会直属の騎士達、復路ではきっちり不審者を咎めるが相手は止まらない。
「重大事件になりそうだから借りていくよ」
「待て。勝手に……」
 アレックスの抗議をも聞き流して彼の持っていた資料を資料室にいた他の騎士へ投げつける。戸惑う騎士は反射的に受け止め、故に出足が遅れた。
 ぱたん。
 扉が閉まった時、彼らに残ったのは翻った白衣の印象だけだった。

「うそ……うそよね……ギルくん、うそよね……」
 本人も意識しないまましゃくり上げてぼろぼろと涙を零す少女は、横たわる青年に取りすがって
『パール、しっかりして! 黙って地上に来ただけでもいけないのに、見つかっては……』
 内なる声、ディアナが必死で声をかけるが少女には届かない。悲しみが強すぎて、正論を受け付けることが出来ないのだ。
 そう、正論は。
『パール、僕の声が聞こえるかな? ギルを助ける方法がある』
 ぴくりとも動かない青年から聞こえてくる少年の声。それは少女にとって、暗闇の中に生じた一筋の光にも等しかった。
「ほん、と?」
『何を言い出すのエルスト! 彼は……』
 涙の止まったパールが呆然と顔を上げる。その内側からは咎めるようなディアナの声が響いた。
 いくら強大な力を秘める結晶とはいえ、死者を蘇らせるような理を壊す力はない。
『あるとも。ただし君に覚悟が必要だよ、パール』
「かくご、したら……ギルくんはたすかるの……?」
『もちろん。僕は嘘なんて言わないよ』
 少年の声はか細い少女の声へ自信満々に答える。
『理に従って引き戻す為の代償を支払えばいいんだ。僕とパールとディアナ……そしてさっき感じた姉上の力を借りれば十分出来る』
『あなた……一体何を考えているの……?』
『ギルとパールにとって一番いい道を考えてるのさ、ディアナ。さあ、パール』
 明滅するピジョンブラッドの煌めきが少女の目の前に現れる。ぼんやりと明滅する光は彼女の足元に広がる赤く、黒い。
『僕に、力を貸しておくれ』
 もしエルスタインに姿があればしっかり胸を張っていただろう。ディアナはあまり良くないことがわかっていても意図が読めないため、止めることも出来ずにいる。
 そして、差し出された唯一の希望に対して怯えない程には、パールの気持ちは固まっていた。
「ギルくんを、たすけて。わたしはどうなってもいいから」
 濃い真球の宝石へ手を伸ばす。両手で抱えるように掌の上で受けると、燃え上がるように熱い力が注ぎ込まれてくる。それはパール自身の力とは歪みを生じるが、ディアナが少女への力と共に緩和の役割を果たす。
 更に。
『姉さん……イントゥルヌス。貴女の力はどれだけ経ってもわかる』
 少女の全身から溢れ出す真紅の光が波紋となって空間上に広がっていく。波紋に乗せられているのはエルスタインが姉へと呼びかける強い慕情。
『僕の声を聞いて、イントゥルヌス。貴女の力を貸して。そして、一緒に帰ろう』
 同調するのは少女の切なる願い。
「おねがい……ギルくんをたすけて」
 赤に塗れた手がしっかりと組み合わされ、握られた。
「ひとりに、しないで……」
 目を閉じて祈る少女に微かではあるが流れ汲んでくるもう一つの力。エルスタインと非常に似ているが、僅かに違う。
 集う力は赤い光となってどんどん少女に纏われていく。パール自身の透明で白い光ではない輝きは禍々しいまでの気配を放って、彼女の力を蝕みながらその分身たる赤い光球を生み出して周囲に飛ばしていった。
 吸収し、集いつつあるそのエネルギーが、戦場に存在する兵士達の成れの果てとは知らずに少女はただ願い続ける。

「ギルくんを、かえして……っ!」

 一瞬にして天地を繋いだ赤い光が、純粋で強い少女の願いによって扉を開いた。
 理に従って奉げられた幾多の命が地の底へ還ろうとする命を引き戻す。
 決して破られてはいけなかった禁忌が、今、幼い恋心故に破られたのだ。

 赤い光の破裂と共に、力尽きくずおれるパール。
 その身体の下では、ぴくりとも動かなかった青年の身体がぼんやりと赤い光に包まれていた。

 

 Fine.


 

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