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2010.12.10 【儀】
Novel Stage / original:Willwart
《祭りの終焉はあっけなく》
深く。重く。黒く。
タール状の闇の中に"それ"は在った。
何故そんな場所にあるかは"それ"にもわからない。ただ気が付いたらここにいた。
しかし、決してよい環境とは思えない闇の中から"それ"は抜け出そうとは思わなった。
"それ"にとってここにいるのは当たり前のことで、離れることが出来ないことも既に知っていたからだ。
そのはず、だった。
突然、重い闇がぶるぶると震え出した。まるで地震でも起こったかのように。
まるで追い出すようにぐいぐいと押してくる黒に"それ"は動揺する。
(やめろ。ここにいたいんだ。ちがう。いなければいけないんだ)
闇へ向かって叫ぶ。いや、叫ぼうとした。けれどねばつく液体のような黒の中では声など出せるわけがない。
抗うことも出来ず、ぐぃぐぃとどこともつかぬ方向へ押しやられていく。
その先にはどす黒い闇をかき消すようなゴールドとエメラルドの光が差し込んで……。
『……ギルくん!』
「…………パー……ル……?」
大切な少女の声がした気がして、ギルフォードは目を開けた。眼前に広がるのは複雑なモザイク模様が絡み合った天井。
「どこだ、こ、こ……くっ」
見覚えのない場所に声を上げるが、枯れていた喉の途中で何かひっかかり咽る。何故か酷く体力が落ちていて全身を揺さ振るように咳き込む。
当てた掌にはどす黒い何かが零れ落ちていた。
「俺は……そうだ…………!」
その染みが自身の血だと認識した途端、意識を失うまでの出来事が一気に思い出される。
傭兵としてアブソエティア国の砦に向かい、途中で騎士に斬られ……そう、そして。
「……死んだ……はずだ…………」
呆然と目の前に置いた両手を見る。はっきりと意識を失っていく瞬間を思い出して、再び戻ったこの意識に恐怖さえ感じた。
満足に身体も動かせないまま闇雲に視線だけを周囲にさまよわせる。
ぎっしりと本が十段近く積まれた本棚が両手で数え切れないほど壁を取り囲み、僅かな余白部分にギルフォードの横たわる寝台が置かれている。丁度壁の対になる位置にも寝台が一つあり、そこには見覚えのない誰かが寝かされている。
部屋の中央には応接セットのような机と椅子が何脚か。
青年は、その家具には見覚えがあった。
かつて彼の兄が集めてきたいわくつきの家具のうちの一つ。そして、周囲の本棚は医学関連の書籍が大半を占める。
壁や天井に関してはこの部屋の主が気まぐれでよく雰囲気を変えるために元々の柄がどうだったかなど覚えていない。
「おや、起きたかね」
この部屋がどこなのかを青年が悟ったのと同時に当の主が大きなトレイを抱えて入ってきた。水差しに吸いのみ、コップがいくつか、それから軽い食事も用意されている。
「あ……」
「随分とよく寝ていたのだよ。七日、といったところか」
その顔には普段と何も変わらない少しからかいを含んだ笑みが浮かんでいる。何もかも知らないような顔をして、いつの間にか隠し事も全て知っている兄。
今度のこともきっとそ知らぬ顔そして何もかもわかっている、そんな気がしてならなかった。
「兄貴、俺は…………」
「聞きたいことも言いたいことも沢山あるだろう。けれど、まだ起き上がるには早いよ。ギル」
指先が真っ直ぐ青年の眉間に突きつけられる。
「それから、眠りながらでもいいからメロウ兄妹に感謝したまえ」
闇の中から引き上げてくれた、少女の声。
「……そういえば……パールの、声が」
「そう。お嬢さんがお前を永遠の眠りから引き上げて、親友がずっとお前の弁護と看病を続けてた」
目の前から動かされた指先を追うと、ギルフォードの位置からは見えにくい丁度自身の腹部辺りでは、疲れきったアレックスが椅子から滑り落ちて眠っていた。
「私など手を出す隙間もなかったよ。持つべきはよき友と恋人だね、ギル」
そう言って水差しを二つの寝台のサイドテーブルにそれぞれ置いた後、吸いのみに入った水をギルフォードへと差し出した。
「とにもかくにも眠りたまえ。話を最後まで聞いていられるほど体力が回復したと判断したら説明しよう。約束するよ」
「だが……」
「今のお前では途中で眠ってしまう。不安かもしれないが、大丈夫だよ」
軽く咽ながらも水分を受け付けた弟を真っ直ぐに見ながら男性は笑う。
「ここにいる限り、誰にも手出しはさせない」
普段と変わらない笑みのはずなのに、青年は怖いくらいの本気をその中に見て取った。
けれど背を撫でる大きな手はあくまで優しさに満ち、本調子ではないこともあいまって彼の意識は再び闇の中へと落ちていった。
今度は安らぎを与える闇の中へと。
Fine.