365 letters 2010.12.12 忍者ブログ
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2010.12.12   【震】

Novel Stage / original:Willwart

《震えたのは一体誰だった》


 


 

 理師の行方不明という前代未聞の出来事はほとんどの者に知らされることはなかった。
それでもあの時の叫びを聞いた者達は、戻ってきた者の顔触れを見て顔色を変えた。
戦争による死亡はいままでにあった。理師は万能ではなく、力にもかなりの個人差があるためそれ自体はおかしくない。
しかし、行方不明は今までにない。あってはならなかったのだ。
理師はアブソエティア国のみにいる。"翼持つ娘"の血縁者にしかその力は発現しなかったからだ。
だが、もし他国へ流出したとすれば。
理の力は必ずしも血の濃さに依存しない。血族としては末端になる王族の中にも、強力な理師は存在した。そうして他国へ理師が一人でも流れ、血族を形成すればアブソエティア国のアドバンテージはあっという間に失われるのだ。
故に、かつて国を出ようとした理師は悉く命か心を壊されていた。

 父親に呼び出されたレディスは、すぐにわかることだから、と"杭"を動かすことを告げられた。
「あの出来損ないは指導役としての自覚どころか理師の自覚すらないようだ。早めに処理するに越したことはない」
苛立ちと憤りの混ざった荒々しい足取りで、既に老人の域に入りながら矍鑠としている男性は彼の前を左右にうろついている。負けないほど内容も穏やかではないが。
「お待ちください。それは生死を問わないということですか?」
「当然だ。器が虚弱とはいえ、力そのものはお前と大して変わらん。将来もあるが、あれそのものが十分にこの国への対抗手段となる」
忌々しそうな表情は、今は行方のわからない青年が幼い頃向けられていた感情とまったく変わらない。
レディスにとっても決して優しいとは言い切れない父親だが、キルシェに対してはまるで憎悪にも似た理不尽な対応をぶつける。
「あれは不慮の事故です。何の前兆もない天上からの干渉まで予測しろとは、あまりにも酷な話です」
青年は無駄だと知りつつも反論する。何も言わないでいることはできなかったのだ。
「それに、キルシェが敵対するとは限らないでしょう」
「ふん。あれがこの国に対していい感情など持っているわけがなかろう」
明らかにその原因である父親に言われ、胸の中に溢れかえる百万語をレディスは震える程に拳を握り締めて堪える。
「……私の方でも探します。こちらが見つけたら、"杭"には渡しません」
「勝手にするがいい」
再び忌々しく思っている表情を見たら殴り飛ばしてしまいそうで、レディスはそのまま退出した。
「敵対するとは限らんだと……ふん、そんなことあるわけがない。どうせ今回のこととて、あれがアブソエティアから出るために起こした騒ぎに決まってる」
扉が重々しい音を立てて閉まった後、老人が呟いたのも知らないまま。

「ラート様、ご無事で何よりです」
最前線の戦場から戻ってきた騎士の青年を家の前で待っていたのは、婚約者の少女。
「おいででしたか」
「気になるのは当然のことですわ。私、今ご無事な姿を拝見できてとても安心したしましたのよ」
プリマヴェーラは一瞬だけ怒った様な表情を見せるが、すぐにそれは崩れて優しい微笑みを浮かべる。
「雑処理の後はお休みと父に教えていただきまして、ずっと待っておりましたの。ほんの気持ちですけれど、お土産は台所に届けてさせておきましたわ」
「それは……ありがとう。気遣いをしていただいて」
釈然としない気持ちを戦場から引き摺ってきたラートにも、何も知らないとはいえ彼女の優しい心はじんわりと染み込んで来た。
「いいのです。私がしたくてしたのですもの。それではお邪魔になってもいけませんし、これで失礼いたしますわね」
ふわり、と柔らかな淡い桜色のドレスが翻る。
ラートはその時、咄嗟にプリマヴェーラへ声をかけていた。
「この後、時間は?」
「え……いつお戻りになるかわかりませんでしたもの。特に何もございませんわ」
きょとん、とした表情を浮かべる少女。急に呼び止められることなど今までにはなかっただけに、完全な不意打ちだった。
けれど、青年はただ帰したくはなかったのだ。親友のことももちろん忘れてはいないが、今青年にうてる手は何もない。
それなら、この優しい心にせめてもの礼を。
「大して上等なものはないけれど……少し、私に時間を頂けますか?」
「え……」
視線を逸らしながら言われたラートの問いに、プリマヴェーラは白磁の頬をぽうっと赤く染める。熱くなる頬に両手で触れながら慌てて答える。
「も、もちろんですわ! お邪魔でなければ、ぜひ」
うろたえる少女を屋敷の中へと案内しながら、ラートはぼんやりと空を見上げる。真白な鳩が空高く飛んで行った。


Fine.


 

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