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2010.12.11 【検】
Novel Stage / original:Abyss of Time ~ After the Nightmare ~
《不信》
「あ、和。僕、しばらく来れないからよろしく」
何事もなく終業時間の午後六時を迎え、自分のマンションへ戻る前に同じく帰り支度を始めた和へと声をかけた。
「検査だそうだな」
「そ」
コートとマフラーを片手に備品のノートパソコンをしまいこみながら返事をしてくる。途中まで同じ道だからとソファの肘掛の上で待ちながら肩をすくめる。
「僕がいつイレイサー側にいっちゃうか、気が気じゃないみたいだよ」
片付けを終えて振り返る和の目線を受けながら、僕はくすくすと笑った。
「おかしいよね。僕が仲介者だってこと認めたくせに、僕が裏切ると思ってる。それじゃ、ルシファーがわざわざ僕を呼んだ上で返した意味がないのにね」
イレイサーを束ねる女王、ルシファーの定めた表側の使者が僕だった。本当かどうかは知らないけれど、かつての表裏における約定を思い出して和平を申し込みたい時に立てられる仲介者。
もし、表側の住人が承知すれば彼女は直に世界の交代を始めるのだろう。ルシファーの中に心さんの律儀な面があるというのなら。
そんなことは誰も認めるはずはないが。
「でも、少しでも向こう側になる兆候があればまた止められるようにって、上の人たちがうるさいんだ。紫さんがほとんどは却下するんだけど……」
軽く肘掛から飛び降りる。手持ち無沙汰なので和がコートを着ている間にマフラーを巻きつけると、少しだけ眉を上げるだけで止めなかった。
代わりに僕へ話の続きを促す。
「止め切れなかったのか?」
「というより、断りすぎても僕の立場が悪くなるって。紫さんはぎりぎりを判断して受けたり断ったりしているみたいだよ」
「なるほど、な。流石は皐月さんだ」
あまり変わらない和の表情が少し笑みで崩れる。無愛想で無表情が常な和だが、紫さんが関わるとこうして相好を崩すのがなんとも楽し、いや、人間味がある。
声を出さずに口だけで笑って、僕は和の前に歩を進めて扉を開く。
「そういう訳だから。ごめんね」
「皐月さんの判断なら間違いはないだろう」
普通に歩いていると後ろから段々声が近付いてきて。
「それに、お前のせいではない」
赤い帽子を被った僕の頭を軽くぽん、と叩くと、僕を追い越して先に行った。
受付の婦警さんと挨拶を交わしている背中を驚きながら見る。最初はすごくとっつきにくかった和がこうして段々柔らかくなっていくと、戸惑う反面、ちょっと嬉しくなる。
どこか弾んだ気持ちで和を追いかけようとすると、受付さんが僕に声をかけた。
「あ、菘君。ちょっと待って」
「何ですか?」
「手紙を預かっているの。そろそろ終業時間だと思ったから、通ると思って」
婦警さんが差し出したのは市販の封筒。ほぼ葉書サイズの便箋とセットになって文具店などに売っていそうな、どちらかというとファンシーな白い封筒。
ただし、装飾として描かれているのはなかなか見かけない曼珠沙華の毒々しい赤。
僕はそう、人間で言うなら一気に血の気が引くような感覚に襲われた。
「あ……ありがとう、ございます」
「いいのよ。お疲れ様」
表面上はいくらでも平静を装うことが出来るし、実際に実行した。もし出来なければ、顔色は真っ青で指先はがくがく震えていただろう。
そして、僕は急いでショルダーバッグの中へ封筒を押し込んだ。
和には紫さんが全て話していた。曼珠沙華が意味することも知っている彼に、この封筒を見られたくない。
「……菘?」
なかなか来ないことを訝しく思ったのか、自動ドアを一度出た和が方向を変えて僕の方をみていた。
ドアが再び開いたところで、僕は慌てて声をかけて足を止めさせた。
「あ、今行くよ。それじゃ、お疲れ様です」
「気をつけて帰ってね」
あわただしく受付さんに頭を下げると、和に駆け寄ってその左腕にぎゅっと掴まる。眉が顰められるのが見える。
「ごめん、遅れた。届け物だって」
「……そうか。しがみつくな」
即座に振り解いて外へと歩き出した和は特に疑問を覚えた素振りもない。何とか誤魔化せたようだ。
「しばらく会えないし、いいじゃない」
僕はあくまで明るい口調でその後もじゃれついていた。
僕自身も、あまり考えたくなかったから。
Fine.