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2010.12.7   【蛹】

Novel Stage / original:Absoetia

《呼び掛けは届く相手を違えた》


 


 

 アブソエティア国の首都。
 声無き声。遠く広く響いた波に、眠りについていた少女は慌てて飛び起きる。
「……エルス……?」
 酷く懐かしい思い出。まだ何も知らずに空中都市にいた時、彼女を慕って常に後を追いかけてきていた幼い弟の姿が脳裏にまざまざと浮かび上がる。
『イントゥルヌス。貴女の力を貸して……一緒に帰ろう』
 狂おしいほどに強く彼女を呼ぶ波が染み渡っていく。もう二度と聞く事はないと思っていた響きは、泣きたいほど望郷の想いを思い起こさせる。
「……エルス、あなたまで地上に来たの? 何があったの!?」
 寝台から飛び降りると唯一の格子が嵌った窓へと文字通り白い翼をはためかせて飛んでいく。空の向こうには天から地までを貫く赤い光が見えた。
 光を構成する力は全部で四つ。
 まったく知らない大きな力。やはりわからないが、二つの力の波長を整える役割も果たしている大きな力。これだけの年月が経ってもよく覚えている彼女の弟の力。そして、彼女にきわめて近い、強いが不安定な力。
「……いけない!?」
 一瞬の思考で少女にはわかってしまった。彼女に近いその力の持ち主が誰のなのか。
「よりによってあの子が、キルシェが側にいたというの……!」
 "翼持つ娘"として白翼族の中でも強い理を操る能力を持っていたイントゥルヌス。少女がこの地に降りて子をなし、その中でもある者達の企みによって有翼族としての能力を高められた二人の片割れ。
 能力としてはほぼ同等。ただ個人の性質として片方には有翼族と同様不老に近い肉体の老化の減少が、片方には理を操る上でその触媒となりうる同調性の高さが認められた。
 そして場に居合わせたのは、同調性の高いキルシェ。
 赤い光が弾け、蛹にも似た少し潰れた楕円形の白い光が地上から天空へと消えていく。
「ああ…………っ!」
 空が青く染まり平穏を取り戻したと同時に、絶望にも似た声を上げて少女はその場にへたり込んだ。背に負う鳥の様な翼が力なく羽ばたきを止める。
「失礼します……イントゥルヌス、大丈夫ですか!?」
 波動を受けた時の少女を同じくらい慌てて駆け込んできたのは、この国で有翼族とほぼ同等の能力を持つ片割れの理師であり宰相でもある青年だった。
 白翼族の少女が座り込んでいるのを見ると、急いで駆け寄り細い肩を支える。
 触れられて漸く気付いたのか、彼女はゆっくりと振り返って訪問者の顔を見上げる。
「レディス……」
「イントゥルヌス、先程聞こえてきた声は……?」
 再び少女が俯くのを見たレディスは、ひとまず少女を抱え上げると寝台へ座らせる。そして彼女の前に跪くと、力なく膝の上に置かれた両手を自身の掌で包む。
「何があったのか、貴女にはわかっているのでしょうか?」
「……現象だけなら、私にもわかるわ」
 泣きそうな声でイントゥルヌスは話し出す。それしかすがるものがないと言わんばかりにレディスの掌をぎゅっと握り返しながら。
「あれは……空中都市から降りてきた誰かが中心になっているすごく大掛かりな理。書物でしか見たことないけれど、おそらく、死者の魂を呼び戻した……」
「しかしそれは理から外れるのでは?」
「本当なら、そう。でも方法があるわ」
 赤い瞳から一滴、涙が零れる。
「その魂が背負っていた因果律を肩代わり出来るだけの、別の魂を奉げれば……」
 レディスの目が大きく見開かれる。
「では、あの光は!」
「あの場所にいた何人、いえ、何十人かもしれない人の魂が、犠牲になったわ。それも、エルスタイン……私の弟も力を貸しているの」
 ついにしゃくりあげて泣き出した少女。青年は立ち上がると彼女の隣に座り、上下に揺れる背を軽くさする。
 そのぬくもりに支えられて、言葉は嗚咽の合間に続いていく。
「ともかくエルスは禁忌を犯そうとして、けれど、禁忌と呼ばれるような理は一人で何とかできるようなものではないわ。力の主は多い方がいい。だから感じた私の理の力に気付いて呼びかけたの……それが、私ではなくキルシェだとは気付かないで」
「あ、あの光に、キルシェが関わっているのですか!?」
 驚きに手を止めた青年。その眼前で少女は小さく頷く。
「あの子は理の力に同調しやすい。それなのにあんなに近い距離で強い波動に揺さ振られてしまったら、自分を維持できずに意識を持っていかれてしまうわ。もし抵抗しなかったとしても、理の発動に全ての力を持っていかれてしまうかもしれない」
 イントゥルヌスは悲痛な表情を浮かべる。彼女にとって大切な弟が、彼女に限りなく近しい者を壊してしまったかもしれないのだ。
「何か……何か、私達に出来ることはないのですか?」
 青年もまた悲しみと苦しみの入り混じった表情を浮かべていた。もしあの場にいるのがレディスであればこんなことは起きなかった事を思えば、余計に無力感が増す。
 少女の応えは躊躇いがちに横へ振られた頭。
「地上にはエルスの気配も、あの子の気配もありません……空中都市へ戻ったのか、最悪の場合……」
「もう、それ以上は」
「ええ。言わない……言いたくもない」
 両手で頭を抱えてかぶりを振る少女。奇しくも、それは大切な者を失った白翼族の少女と同じ振舞であることを知るものはいない。
「私は……初めて、ここから出られないことを悔やむわ。レディス……」
「……イントゥルヌス」
「待っている事しか出来ないなんて……!」
 膝の上でぎゅっと強く握り締めた二つの小さな拳。その上に零れる雫を止める術はレディスにはなかった。
 どんなに強い理の力を持っていたとしても、今の彼は余りにも無力だった。


 Fine.


 

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