[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
2010.1.26 【筆】
Novel Stage / original:Abyss of Time
《書初め》
都心郊外にある久遠の薔薇所属の研究所の皐月研究室は今日もにぎやかだった。
「こんにち……なんですかこれ」
心さんがロックを解除して入ってくると同時に止まる。
「よぅ」
「やあ、都川君だったね」
「こんにちは。心さん」
普段置いてある応接セットは壁際に押しやられていて、代わりに床の大半を占めているのは黒くて大きいフェルトの布地。
そこには長い半紙が二枚広げられていて、片方の前には僕が、もう片方の前にはここの所長の巽さん。少し離れたところに紫さんが立っている。
時計の針が止まったかのように心さんが止まっている間に、巽さんが僕の方を向いて自分の手元を見せてくれる。
「いいかい、まずここ水の加減が大切なんだ」
「わかりました」
こしこし、と水を入れた硯で墨をする。お手本通りに。
そのうちにどうにか復活したらしい心さんが側に立って尋ねている。
「……あの、紫さん。これどういう状況ですか?」
驚きが過ぎてジト目になっているのを受け流し、平然と答える紫さん。
「ん? 巽が環から逃げてきたから匿っただけだ。
代わりにすずなへ習字を教えさせている」
「な、なんですかそのセレクト……」
「すずなの書初めが見たいから」
「そんな理由ですか!?」
後ろでいつも通り心さんと紫さんがお話を続けている間に、僕の手の下にある硯には十分な量の墨が溜まってきた。
「このくらいでよろしいでしょうか?」
手を止めて、同じく側で墨をすっている巽さんへ声をかける。
「うん……十分だ」
量を見ると満足そうに微笑んで所長さんが僕の頭を撫でる。
「じゃあ、次は実際に書いてみようか。筆を持って、墨を含ませ過ぎないようにね」
「はい」
僕はお手本の通りに半紙へ筆を走らせていく。
はね、とめ、はらい。一つ一つを丁寧に。
「すずなくんは丁寧でいいね。一字一字に心が篭っている」
「ふふふ。私のすずなをなめるな巽」
巽さんが感心したように頷くと紫さんが胸を張って白衣をはためかせた。
「紫も流石だね」
「はははははもっと誉めろー」
「巽さん、あまり誉めると紫さんが付け上がります」
「何を言う心。事実だ事実」
三人が楽しそうに話している間もゆっくりゆっくりと書いて。
「出来ました」
筆を硯の上に置く。
話していた人達は一斉に僕の方を向いて、続いて僕の手元の半紙を覗き込む。
「おお。流石に上手いな」
「うむ。えらいぞすずな」
「え、ええ。すずなくん、上手ね」
巽さんは感心したように、紫さんは当然というように胸を張りながら、心さんは少々困ったように、けれど皆笑顔で誉めてくれた。
僕はなんとなく暖かさを感じて。
「ありがとうございます」
同じくらいの笑顔を浮かべて応えた。
『見敵必殺』
「どうだ環。いい字だろう」
「なぜあなたがこの字を教えたのかが不思議でたまりませんが」
Fine.