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2010.1.22 【平】
Novel Stage / original:Abyss of Time
《マスターの悩み事》
今日は紫さんが出張でイギリスに行っていて、心さんが研究室で僕と話している。
心さんは大学が試験期間だったためにここへくるのは久しぶりだった。
簡単なメンテナンスを終わらせ、その後は結果待ち。
待っている間、来なかった時に変わったことがなかったかと尋ねられ僕は答えた。
「紫さんの様子がおかしい?」
「はい。一日の溜息回数が二十回ほど増えています」
「そ、それは重症ね……」
心さんは苦笑しながらお茶を入れた。今日は寒いからとジンジャーチャイ。
僕はミルクを温めながら、更に報告する。
「それから雑誌を見ては頭を抱えていたり、一日の牛乳消費量が一番大きなパックで一パック増えたりしています」
「お腹壊しそうな牛乳の量……何かあったの?」
シナモン入りの砂糖とミルクを加えたマグカップを運びながら、紫さんの行動を確認する心さん。紫さんはコンピュータでスケジュールを管理されるのが嫌いで、自分の予定は大きなカレンダーに書き込んでいる。
「理由はわかりませんが、一週間前からです」
「とすると……研究集会ね」
一週間前の日付には『研究所:人造システムセミナー』と書かれていた。
研究室内部のほぼ私室と化している応接間のテーブルセットへ用意したお茶を運び、僕と心さんは原因を考える。
「研究集会を挟んで変わったの?」
「そういえば、戻ってきてから意気消沈しているようでした」
「とすると、集会で何かあったのかしら。でも紫さんがねぇ……」
カップの湯気の向こうで、心さんが信じられないという顔をしている。
「紫さんは誰が否定しても天才なのは間違いないし、研究に関しては凹ませる人だからそうそう凹むということはないと思うんだけど」
「僕もそう思います」
若干十二歳で通常とは違うプロセスから僕――"SY1s-Suzuna"を造り上げたのが紫さん。その大半は紫さん自身が組み上げた機構で誰にも真似出来ないくらい特殊なものらしい。当然その理解力や論理的思考能力は並外れている。
「だとすると日常生活的なものかしら。でも普段あれだけわがまま言ってる人なのに」
首を捻る心さん。そこで僕は他にも変化があったことに気付いた。
「そういえば、最近購入雑誌が増えたようです」
「そうなの?」
僕は保管されている雑誌のバックナンバーから、ここ数日で増えたものをテーブルの上へ運んだ。
大半が女性向けのファッションや流行を紹介する雑誌だ。
「突然おしゃれに興味が出た? 様子といい、ひょっとして恋でもしたのかしら」
心さんはぱらぱらと雑誌をめくっていく。
「恋をすると意気消沈するものなのですか?」
「そうね……どうしても叶わない恋だと、そうなるかも」
言いながら、悲しそうな、切なそうな。
僕は考えたままを口にする。
「心さんもそういう経験があるのですか?」
ぶっ、と心さんが口に含んでいたチャイを噴出した。
「……っな、ないわよ! 何を言うのすずなくん!」
すごく動揺した心さんは勢いよく立ち上がった。イスががたん、と音を立てて倒れる。
「聞いてはいけないことでしたか?」
心さんが何故こんなに動揺しているのかが判らないまま、僕はテーブル上のウェットティッシュで飛び散ったお茶を拭き取る。
「そ、そうじゃないけど、できれば今後は聞かないでね……」
言いながらもう落ち着いてきたのか、心さんはイスを戻して座りなおす。その時には僕もテーブルを拭き終えて、ティッシュを捨てて座っていた。
「はい。わかりました」
「よろしい。えっと、何話してたんだったかな……ん?」
心さんが疲れたように雑誌へ視線を向ける。
そして全ての表紙に書かれている見出しだけ読み取ると。
「そ、そっか。そういうことなのね」
がくり、とテーブルの上に突っ伏した。
「心さんには紫さんの悩みがわかったのですか?」
「多分、だけどね……まだそんなに焦らなくてもいいと思うんだけど」
ふぅ、と溜息を一つついて、心さんは起き上がると雑誌を元の棚に戻し始めた。
「原因はなんだったのでしょう?」
「うーん……まあいっか」
ちょっとだけ悩んで、心さんは僕の方を向いて言った。
「全部の雑誌に載ってることから考えると、胸が平らなのを気にしてるのよ。おそらく」
「気になることなのですか?」
「女の子なら気になるものではあるけど、流石にまだ早いと思うわ」
「そうですか」
苦笑しながら心さんは言う。そして、これでおしまい、と最後の雑誌を収めた。
「それで、どうして急に胸が小さいのを気にしてるんです?」
『あの馬鹿親父ども、自分の知識が追いつかないからって人のことをまだ子供だと言い張るんだぞ!?』
「実際、年齢上は子供ですよ紫さん……」
『大体その頭ほどもおっぱいがあればねぇとかわけがわからん!
セクハラどころか人権侵害だぞまったく!!』
「ど、どっちも大人気ない……」
Fine.