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2010.1.30 【忍】
Novel Stage / original:Absoetia
《杭》
アブソエティア王国、首都。
その日、王子の護衛騎士であるラートは休暇で街へ出ていた。
本来ならそれなりに位の高い貴族が一人で外出することはあまりないはずなのだが、彼の場合は何故かこうして一人で歩いていることも多い。
今いるのは、人々が賑わう街の市場。
喧騒の絶えないその場所は食料品だけでなく、掘り出し物や特産品の集まる場所でもある。
ラートもある人物への贈り物を探して、まずここへ来たのだった。
人々の間を縫うように長身の青年が歩いていく。
すると彼は唐突に、市場の路地へ目を向けた。
「……いいとは言いがたい気配だ」
路地の奥からラートが感じたのは殺気にも近い物騒な気配。
それを証明するかのようにあくまでも足音は静かに顔を隠した男達が出てくる。
奥から奥へ。人目をはばかる様に。
青年は騎士として見逃せず、市場のメインストリートから抜ける。身のこなしに軽装も手伝って、それほど苦労せずに路地へと足を踏み入れた。
一歩ずれただけで遠くなる喧騒。その中で切れ切れに声が聞こえる。
「……には…………だろう。この国を……」
「やはり……札を…………えない。殺し……」
二人の男が会話しているようだ。
ラートは音を頼りに路地を進んでいく。周囲に気を配ることも忘れない。
忘れていなかったのだが。
歩いていくと男達の会話が途絶えた。
気付かれたか、とラートは足を止める。すると前方の十字路の左側と後ろから急に現れる気配があった。
後ろ側の気配があまりに近く、騎士の青年は振り返る。
すると。
「道をお間違えです」
囁くハスキーな声と共にそっと絡まる黒いレースに包まれた腕。僅かに目線より下側に黒いヴェールが見える。
そして有無を言わせずラートと位置を入れ替わり、市場に続く方向へと戻す。
気配から次第に遠ざかっていく。
途中で青年が振り返るとやはり先ほど見たのと似たような格好をした男性が二人、十字路を横切っていった。
「おやめなさい」
ヴェールの内側から再び声がする。
「言ったでしょう? 道を間違えていると。
ここから先は、貴方と言う騎士の道には現れないもの」
十分に気配が離れると、漆黒の服装に身を包んだ青年は手を離して身を翻す。
「貴方はお行きなさい。探し物は市場のセンター広場に丁度いいのがあります。
裏の仕事は……」
数歩の距離を更に隔てるような声が聞こえる。
「私達のような"杭"……影を忍ぶ者にお任せなさい」
その言葉を最後に気配が消えた。
振り返っても、もうその姿は見えない。追いかけることすら出来ない。
探し物は見つかり、青年とも休暇が明ければ直に会えた。それでも事実はラートの中に残り続けた。
Fine.