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2010.1.28 【傘】
Novel Stage / original:Absoetia
《サンシェイド》
きれいな青空が広がった日。
アブソエティア王国、国立美術館にて。
「姉上、どれも綺麗ですね」
「ええ、困ったわ。選べそうにないもの」
名だたる画家達の展示会に、飾られているどの絵より絵になる可愛らしい王女王子の姿があった。
他にも多くの貴族が出席しており、最も彼らの支持を得た絵の作者には更なる名声が約束されるだろう。
もちろんその場には不定の輩が入り込まないよう、警備の人員も割かれている。王族二人の側には姉姫の守り役である理師のレディスと弟王子の護衛騎士であるラートが離れずに見守っていた。
「まだ時間はございます。ゆっくりお考えください」
困り顔の姉弟へレディスが声をかける。
暫く悩んだが結局二人の答えは出ず。
「姉上、ラウンジで休憩しながら一緒に考えませんか?」
「そうね。いい考えが浮かぶように甘い物が欲しいわ」
展示会場を離れ、ティーラウンジへと向かうことになった。
その様子を見ながら、レディスが安堵の溜息をつく。
「まだ猫は落ちていないようですね」
姉姫はかつて城を飛び出したことがあるくらいのおてんばで、現在もその気質は全く変わっていない。だが、公式行事においては外見を取り繕うことを覚えたようだ。
そして、そっと口元を隠しながら、ラートへ問う。
「……あの子は?」
こうして彼が問う対象はラートの知り合いには一人しかいない。
「影警護へ」
王子の理師を務め、理師である以上確実に王族の血を引くキルシェはレディス同様この場にいてもおかしくない。むしろいてしかるべきではあるが。
「まだ、消えないか……」
彼は表舞台に立つことを嫌う。兄より能力が劣る故に受けた、実父からの"杭"としての教育が未だに彼を縛り付けているのだ。
悲しそうに呟く当代一の理師の目線上には、ティーラウンジで仲良く絵画について話し合う姉弟。時に笑いながら、時に眉をひそめ、それでも楽しそうな様子。
「……ラート」
しばしの沈黙の後、レディスは口を開く。
「少しの間だけ、私の願いを聞いてもらえないだろうか」
ラートは何も言わずに頷いた。
国立美術館の庭園部分にある四阿。
白い石造りの小さな建物には薔薇が彫り込まれた四阿と同じ白い石の正方形のテーブルセット。
そこには黒いヴェールとドレスを身につけた細い人影が座り、厚い本を開いている。
黒いレースの手袋の指先が一枚一枚ゆっくりとページをめくっていく。四阿は天井に三重の円の切れ込みがあるため、本を読むのに支障はないのだ。
その側には誰もいない。近付きがたい雰囲気、というのもあるのだろう。
中のざわめきとはほど遠く、静かだった。
ふと、頭が持ち上がる。ヴェールは揺れるが、顔は見えない。
向いた方向の先には、庭園を歩いてくる王子の護衛騎士の青年。
「……失礼する」
一言断って四阿に入ったラートは、持っていた物を人影に差しかける。
「静かなる白のご婦人へ」
黒い人影の頭上にあるのは白い日傘。
「少しでも健やかでありますように」
そこまで言うと。
くすくす、とヴェールの中からハスキーな笑い声が聞こえた。
口上を述べたラートもまた静かな笑みを浮かべている。
黒い手袋の手がそっと伸びて、向けられた傘の柄に触れる。騎士は伸ばされた手に傘を委ねる。
「それでは」
丁寧に一礼して、ラートは四阿から退出した。
その後ろ姿を僅かな粒子ほどの大きさになるまで人影は見守っていた。
ラートがラウンジに戻ると、ちょうど王女と王子が展示会場へと戻ろうと立ち上がったところだった。
「ちょうどよかった。これから戻るところだったんだ」
「ええ。悩んで悩んで漸く決まったの」
「失礼いたしました」
二人が機嫌良く歩いていく後ろで、ラートはそっと理師へ囁いた。
「白のご婦人への届け物、確かに」
「本来の職務を曲げてまですまなかった……ありがとう」
レディスとラートはその後何事もなく本来の職務を終えた。
「随分と悩んだのでしょうが、まだまだですね」
四阿の青年は先程までよりどこか楽しげに、再び本のページをめくった。
Fine.