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2010.8.29 【引】
Novel stage / original:Abyss of Time ~ After the Nightmare ~
《初対面》
僕が紫さんに連れられてきたのは街の中心部の区画、緑の中にある大きな建物だった。
紫さんは白衣をはためかせて相手から回してもらった黒いリムジンから降りる。
「さて、お前が今日から通うのはここだ。構造はわかってるな?」
「はい」
僕は続いて降りると上着を軽く引っ張って伸ばす。今日の服装は紫さんの好みで向日葵のような黄色いタートルネックの薄手のセーターに上半身だけの短い茶色のコートと短いジーンズ、膝下までのブーツに太腿までのロングソックスをあわせていた。
まともなスーツの方がいいのではと言った所。
「確かに行くのはお役所だが、お前まで染まる必要はまったくない!」
紫さんはきっぱり断言して環さんの眉間の皺を増やしていた。
だが紫さんが気にするわけもない。
現に案内役を無視して止められている姿も堂々としたものだった……引率されている僕まで同じような目で見るのはやめて欲しいけれど。
「面倒だな。まったく」
しっかり入館証を貰ってからもまだぶつぶつ言いながら、初めての場所とは思えない足取りでどんどん進んでいった。
段々人の少ないほうへ入ること十分ほど。
薄暗くなってきた廊下にあるドアを紫さんは軽くノックした。
「入るぞ」
もちろん返事を待たずに開ける。ヒールの音がタイルの上にカツカツと響いた。ここまで来るともう遠慮していても仕方がない。
「失礼します」
「お、お早いお着きですね皐月さん」
「あ、あんた本当にっ」
中には三十台後半ともう少し年下、つまり二人の男性が慌てて事務用の椅子から立ち上がろうとしているところだった。年下の男性の慌てぶりが大きいように見える。
「初めまして。と、初めてじゃないな」
紫さんは悪戯をしたときのように、にやり、と笑った。年上の男性の方は不思議そうな顔をしていたことから、どうやら仕掛けられたのは若い人のほうらしい。
「ま、改めて自己紹介するか。私は皐月紫。こっちは都川菘だ」
平然と自己紹介を済ませる紫さんに慌てて返すのは三十台後半の男性。くたびれた薄いグレーのスーツが板についていて、髪には白いものが混じっている。
「これはご丁寧に皐月博士。私は警視庁特殊捜査課の課長を務めます大野泰と申します。それからこっちが菘君の相棒になる」
「高梨和です」
紹介された若い方、和はきちんと身なりを整えているがダークアッシュのスーツがまだ着慣れていない。ここに来てそれ程時間は経っていないのだろうか。
「ご丁寧にどうも。菘をよろしく頼むよ」
「それはもう」
「はい」
紫さんの言葉に頷いた二人。すると紫さんがまたこっそり悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「じゃ、あとはよろしく。菘、夕飯には帰ってこいよ。お二人さん誘ってきてもいいからな」
「え?」
「はい」
ダブルできょとんとした顔を見せる男性二人を気にせず、紫さんは僕をあっさり引き渡すと部屋から出て行った。
笑みを見た段階で予測できていた僕もあっさり頷いて紫さんを送り出す。
泰さんと和が現状に目を向けられるようになったのは、既に紫さんの白衣すら見えなくなった後だった。
「あれ、あの」
あまりにもあっけない行動で目に見えて動揺する二人へ僕は頭を下げながら言った。
「よろしくお願いいたします」
このくらいには慣れてもらわないと、紫さんの相手は務まらない。
長い付き合いになるだろうから、ね。
Fine.