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2010.7.5 【忘】
Novel stage / Fun Fiction:LοV
《アムネジア》
山に登れば登るほどに、背筋が凍える空気は密度を増していく。小悪魔などはすっかり脅えてルヴニールの肩から降りてこようとしない。
「あの冷気の影響はここまで届いていなかったはずだが、妙に空気が淀んでいるな……以前も気配はあったがここまで酷くはなかったぞ」
先頭を進むヒルダが警戒を強める。
彼女の脳裏に浮かんだのは青年達と出会う前、ルクサリアでいきなり大勢の人間の手が伸びてきたこと。
だが、未だ人影は周囲にない。動物さえもほとんど見かけることがないのだ。
「土地のせいもあるのかの。ここはそういうものが流れにくい地でもあるようじゃ」
彼女の後ろを歩くオークの老司祭が呟いた。その隣に立つ巫女の少女は落ち着かない様子で周囲を見回している。
「しかし、あまりにも……」
「止まって下さい」
唐突に、フィーギーナが全体へ注意を促した。
「来ます」
振り返るヒルダへ端的に言うと、その両手に大きな刃を構える。
暗殺者の少女はいち早く影から覗く者達の変化を察知したのだ。
監視から殺意へと変わった、その視線の意味を。
その瞬間、彼らは動いた。
しゅっ、と投げつけられる数十本の木の枝。先には葉がついたままだ。
とはいうものの、所詮ただの枝。声をかけられていた一行は、先頭のヒルダから最後尾のカイムまで即座に武器を抜いていた為に対処は早い。
即座に叩き落される枝。
だが、その合間を縫って前後から数人の人影が走りこんでくる。また、同時に再び頭上から降ってくるのは先ほどにも劣らない数の矢だ。
「な、なんか大変なことになってるよー」
「上は任せたぞ」
ヒルダとカイムがそれぞれ前後の襲撃者と対決し、空中の矢をシャーマンとルヴニールが杖をふるって雷と闇を撒き散らす。
頭上を走る輝きが雨のような矢を一本も通すことはない。
一方、前後共に十人近い人を相手にしているヒルダとカイムもまったく怯む様子はない。
相手の動きはある程度纏まっているとはいえ、どう見ても素人。また、彼らにとって多人数を相手にする戦いはお手の物だ。
「……この程度か」
前方でぼろ布を纏う人影をざっくりと切り裂く一対の長刀。
後方では頭上に翳された長剣が天上から黒く輝く剣を呼び込む。
また、頭上の矢も次第に薄くなっていく。矢の飛び交う隙間を狙って、暗殺者の少女が発生源らしき岩陰へ飛び込んだのだ。
山道は、あっという間に赤く染まった。切り裂かれた人間がその場に散らばり、後続の者ほど怯えが酷くなっていく。
だが、前の者達の犠牲をみると逃げ出すことも出来ないのだろうか。
「……に、逃げるなっ! こいつらを殺すんだ!」
「俺たちは帰るんだ! こんなところに居続けるよりましだっ!」
彼らは痩せ細った手に手製の打撃斧や棒を掲げて突撃しては、紅い染みへと変わっていく。
頭上に振る矢ももうほとんどなく、シャーマンの少女はさらに濃くなる気配を感じながら時折前後への援護をしている。
「速く、はや……がっ……」
上の方から聞こえてくる枝を降らせてきた者達の悲鳴も、次第に届かなくなってきた。
残りの振ってくる矢を迎撃しながら、ルヴニールは不思議な感覚を覚えていた。
初めてみる光景なのに、かつて似たような光景を見たことがある。そんな気がする。
途切れ途切れに浮かぶのは赤く染まる大地。その上に立っていたのは、誰?
(なんで、かな……)
感じた既視感に疑問を覚えているうちに、人間の数は次第に減っていた。
後は残党を片付けるだけ、のはずだった。
しかし、その瞬間。
ぴかっ…………どんっ!
赤い天に光る稲光。それは真っ直ぐに青年の頭上へと落ちたのだ。
光に打たれたルヴニールはびくん、と大きく身体を震わせ、崩れ落ちる。
「ルヴニールっ!」
隣にいた巫女の少女が上げた声に全員が反応した。戦闘へほとんど参加していなかった猿田彦とオークオラクルが駆け寄る。
「……あれも、お前達か」
ヒルダがあくまで表面上は静かに、怒りを露わにする。込められた怒気に襲撃者の怯えは更に増した。
「ち、違う! あんな、あんなことは!」
「どちらでも構いません」
もう数少ない襲撃者達の背中に何かが軽くぶつけられる。
おそるおそる振り向いた彼らは、振り向いたことを航海した。
「ひ、ひぃっ!?」
弓を射ていた仲間の頭部が、あった。
向こう側には静かに歩み寄る暗殺者の少女の姿。
「……私の雇い主に手を出しましたね」
その手は投げつけた頭部から滴り落ちた赤で染まっている。
「楽には死なせません」
手に持つ刃も同じ色で染まっていた。
襲撃者達に、もう逃げ場はなかった。
To be continued...