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2010.5.9 【猿】
Novel stage / original
《Feast of Dolls》
とある街。とある中心部。
それは駅から二十分程のところにある植物園の中にあった。
多くの観光客が目当てとする、主に寒冷地で生息する木や花に埋もれるような古ぼけた三階建てのビル。赤いレンガの外壁は緑を纏い、漆喰は剥がれかけている。
表札も何も出ていないビルへ人は好奇の目を向ける。けれど、それ以上のことは誰もしない。
多くの人が通り過ぎていく中、一人の少女が駆けて来た。
恐らく学生なのだろう。三本ラインに紺色のリボンという古風なセーラー服を纏う少女は、リュックを肩にかけた上で両手に中身の見えないケージを抱えていた。
足音もうるさく向かったのは、植物園内の古めかしいビル。
エレベーターすらついていない内部を階段で一気に三階まで駆け上った彼女は、呼び鈴を鳴らすことすらせずに目の前の黒い大きな扉を開けた。
「やってきたわよっ!」
そう叫んで、ケージをすぐ側にあった応接用のテーブルの上へ置く。しかし、誰も出てくる気配はない。
「……誰もいないし。折角急いできたってのに、もぅ」
はぁ、と彼女は大きく溜息をついた。勢いよく応接用の長椅子に倒れこむと、リュックを向かい側の椅子へと投げる。
黒いソファの上に薄い茶色の髪が広がった。
「あーあ。荷物だけ置いて帰っちゃおうかなぁ」
バイト代はあとで請求すればいいし、と天井のシャンデリアを見ながら彼女は呟いた。
部屋には応接用の長いテーブルと長椅子が二つ、その奥には所長の机があり、更に奥は無地のカーテンがかかった窓。書斎机の上にはデスクトップのパソコンと電話、クッションの深い椅子の向かいには書類が散乱していた。
他にあるのは大きな戸棚と観葉植物。どう見ても何かのオフィスであるが天井のシャンデリアが雰囲気をぶち壊している。
(いつ見てもあれだけが謎よね)
少女以外誰もいない不思議な事務所は静かだった。
「……帰って来ないなぁ。ドリーさん……」
うつらうつらと眠気に誘われて瞼が閉じようとした時。
「寝るのなら家へお帰りなさいな、お嬢さん」
柔らかな女性の声が彼女の頭の側から聞こえた。
少女は慌てて飛び起きる。
「ど、ドリーさんっ!?」
「それから、入ったのなら扉くらい閉めていって」
足音一つ立てずに、ドリーという女性、いや、少女は所長席に座っていた。セーラー服の少女と同じか年下に見える彼女は、金色の長い髪を緩やかに編みこみ、アースカラーのワンピースとカーディガンを纏っていた。
その落ち着いた雰囲気は外見年齢と異なり、とても美しく洗練されている。
「え、ええっと、はい!」
慌てて起き上がった少女はひとしきりわたわたと周囲を見回し、最優先事項と言わんばかりに所長の机の上に持ってきたケージを置いた。
「依頼、こなしてきました!」
「あら、昨日の今日ね」
ドリーはケージをそっと開けて覗く。
中には小猿が眠っていた。よく見れば、届けに来た少女の顔や腕には細かい引っかき傷がいくつもついている。
「大変だったんですよ。もうあっちこっち行っちゃうから」
「ふふふ。仕方ないわ。わからないのだもの」
少女の愚痴に相槌を打ちながら、ドリーは机の引き出しから長方形の封筒を取り出して彼女へ渡す。
「はい。ご苦労様。今日は他に依頼が来ていないから、帰っておやすみなさいな」
「ありがとうございます。それじゃ、失礼しますね!」
少女は入ってきたときと同じくらいの勢いで駆け出して行った。
「もう……また扉を閉めていかないんだから」
口ではそういうものの、あまり気にしていないように彼女は笑った。すると、風も吹いていないのに扉が閉まる。
「ねぇ。貴女はいつまでここに来ようとするかしら」
椅子を回し、窓を見上げて言った彼女の言葉に答えるものは誰もいない。
Fine.