365 letters 2010.5.14 忍者ブログ
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2010.5.14   【映】

Novel stage / original:Abyss of Time

《宵明け》


 



 

 がたん、と音がした。
「んーっ……いい朝だ」
 紫さんが椅子を引いて立ち上がり、大きく上体を反らして伸びる。
 そしてコンピュータで開いていたプログラムを終了させると僕に向かって言った。
「何とか終わったよ。すずな、ご苦労さん」
「はい。お疲れ様でした」
 僕は被っていた何本もコードが伸びるヘルメットを脱ぐと、腕や首についている計器を外していった。
 本来は昨日のうちに終わっているはずの解析なのだが計測機器の故障によって長引き、結局徹夜になったうえ現在取得データの整理中。
「今日の昼くらいまではかかりそうですね」
 研究を手伝っていた心さんがお茶を入れながら言う。心さんのコンピュータでもバックグラウンドで整理が始まっている。
「心もご苦労様。もう上がっていいぞ。少しでも休まないと講義が辛いだろう」
 それなりに熱いはずのお茶を一気に呷ると、紫さんが笑顔で言った。
「……あのですね。仮にも戦闘向け人造人間が徹夜くらいでへばってどうするんですか」
「回路に負担がかかるとかそれらしく言ってもいいが、通じるなら言いやすい方でいいだろう?」
 呆れたように返した心さんへ、笑い声まで上げながら紫さんは答える。ここ数日徹夜が続いたせいかテンションが高いらしい。
「確かに通じますけど専門家がそれでいいんですか?」
「専門家が常に専門用語で話していたら誰にも理解できない。だからいいんだ」
「……本人が気にしないならいいですけど。お疲れ様でした」
 返答に心さんはため息を一つ。しかし、紫さんは気にもとめず僕へ言った。
「すずなも少し休んでおけ。一眠りしたら遊びに行くぞ」
「わかりました」
「ちょ、ちょっと紫さん」
 帰ろうとしていた心さんが発言に驚いて振り返った。発言した当人は口調だけで察したのか、振り向きもせず言った。
「心配しなくても解析アプリケーションは修理の待ち時間に組んでおいた。解析が終わるのは明日だ」
 高いテンションのまま、紫さんは研究室に併設されている私室へと向かう。僕の眠る場所も何故か紫さんの私室にあるので向かう部屋は同じだ。
 入るやいなや紫さんは着替えもせずベッドへ突っ伏す。そしてずりずりと毛布の中に潜り込んでいった。
 僕もその隣にある寝台で寝ようとすると、紫さんが何かを思いついたように上体を起こす。
「なぁ、すずな。冒険と恋愛、どっちがいい?」
「基準がわかりません」
「あえて言えばお前が基準だ」
 僕は少し悩んで答えた。
「冒険がいいです」
 すると紫さんは満足そうに頷いて、また毛布の中に埋もれる。くぐもった声が聞こえてきた。
「わかった。お休み、すずな」
「はい。お休みなさい、紫さん」
 すでに寝息の聞こえ始めたベッドの上に返事をして、僕も横になった。

「それで、五時間も映画を見続けたあげくカラオケになだれこんでこの時間ってわけですか」
「なかなか面白かったぞ。戦隊ヒーロー三本立て。あの無駄な熱さが何とも言えずいい味だしてる」
 紫さんと僕が戻ってきたのは夜の十二時。研究室の灯りがほとんどの場所で消えている中、僕達が帰ってくるのを心さんが待っていた。
 解析の終わったデータと共に。
「やはりあの手のものを見るときは映画に限るな。音であの爆音のリアルさを出すのはあれが一番だ」
「誤魔化さないでください」
 まだ熱く語り始めようとする紫さんを、心さんはコンピュータの前へと引っ張っていった。
「はい。解析終わってますからとっとと始めてください」
「ちょっと待て。私は今日徹夜したばかりだぞ」
 紫さんが立ち上がって抗議する。しかし、心さんは聞いていない。
「論文締め切り迫ってるじゃないですか。頑張ってくださいね」
「あ、こら。それならせめて私の話を聞いていけ!」
 僕の背中を押しながら、心さんは紫さんの私室へと入り込んだ。
 扉の向こうではまだぶつぶつ言う声が聞こえてくる。
「お疲れ様、すずなくん。紫さんはまだかかりそうだから先に休んでていいわよ」
 心さんは僕を寝台へと連れていき、その傍らで紫さんが仕事が終わった後にすぐ眠れるよう準備をしていた。
「はい。紫さんは映画がお好きなのでしょうか」
「そうね。紫さんは古い物が好きだから。作ろうと思えばいくらでも作れてしまうけれどあえて見に行くのがいいらしいわ」
 毛布を整えながら心さんが苦笑する。
「だからといってさぼられても困るんだけどね」
「気をつけます」
 布団を被って僕は謝る。すると、心さんは優しそうな表情を浮かべて僕の側に座った。
「すずなくんが謝ることはないわ。すずなくんも映画は楽しめたかしら」
「はい」
「よかった。では、お休みなさい」
「お休みなさい、心さん」
 遠くなる足音を聞きながら、僕は意識を落とした。


 Fine.


 

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