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2010.5.1 【南】
Novel stage / original:Willwart
《南風之詩》
こんこんこん。
広い家の中で一人寝支度を始めようとしていたアレックスは、窓のノックに気付く。
「こんな時間に誰、だ……」
「やあ、アレク」
笑顔で窓の外に立つ黒翼の男性。その顔を見た途端、白翼の青年は反射的に窓にかかるカーテンを閉めそうになった。すんでのところで指を止めたが。
「今日は我が愚弟が君の妹殿を連れてお泊りだからね。寂しがってると思って、いい花酒を持ってきたんだよ」
彼は青年の動作にはまるで気付かないかのように、薄い蜂蜜色の液体が入った細長い瓶を掲げてみせる。
「いや、俺はこれから寝ようと」
「これから玄関へ回る。鍵を開けておいておくれ」
青年が驚いている間にレスターはあっさり窓から離れてしまう。遠ざかっていく黒い羽を見ながら、アレックスは大きな溜息をついた。
のんびりと扉の前で待機していたレスターを招き入れると、アレックスは杯と何種類かの酒の肴を纏めて皿に盛ってテーブルの上に置く。
「こんなものしかないですよ」
「ああ、押しかけたのはこちらだし。十分な持て成しありがとう」
勝手知ったる男性は迷うことなくテーブルセットにつくと、瓶の蓋を開けると置かれた杯へ酒を注ぐ。
呆れている向かいに座った青年へ杯を持たせる。
「さて、何に乾杯しようか。弟妹の成長に、かな?」
「あなたが言うとなんか胡散臭いですね」
「いつもながら失礼だね」
アレックスの呟きにもしっかり突っ込んだレスターは片目を瞑って杯を上げた。
「では……そうですね。深夜の親睦会に」
「……親睦会に」
不満そうではあるが青年もまた杯を掲げ、軽くぶつける。カチン、と澄んだ音がした。
花酒はふわりと涼やかな香りを漂わせ、優しい口当たりで二人の喉を潤す。
「美味しいですね」
驚いた声が青年の口から漏れた。反応に男性は満足そうに頷く。
「当たり年とは聞いていたけれど、君の表情を変えるくらい十分だったようだね」
アレックスの杯に酒を注ぎ足すと、彼からの反論が出る前に男性は話題を振った。
かなり、唐突な。
「君は、地上に出たことはあったかな?」
「え?」
青年は一瞬きょとんとした表情を浮かべるが、すぐにその視線が厳しいものになる。
「……俺の職業はご存知の通りですよ。あなたは何が知りたいんですか」
「私は研究者だから気になることは何でも知りたいさ。でも、今はね」
グラスを持っていない左手をチーズに伸ばしながらレスターは言った。
「地上の状況と地上へ行ける手段が、知りたいね」
その目は決して笑っても酔ってもいない。
「……知って、どうするんですか。そんなこと」
アレックスは目線を合わせないように逸らし、杯の中の酒を踊らせる。
「知らない、とは言わないんだね。アレックス」
「それが嘘になることくらい、あなたならご存知のはずです」
アレックスの所属する議会直轄の騎士団は地上世界の監視もその任務の一つである。つまりは当然移動手段も存在しているということだ。同じく議会直結の研究所に所属するレスターが知らないわけがない。
「そしてそれが他言無用であることも」
青年がそう続けると、くすり、と笑って男性は瓶を傾けて自らの杯を満たす。
「移動方法そのものはそうだろう」
そして、手に持った瓶の口を青年の方へ向ける。
「でも、地上の様子はそうではないよね。それと私は手段そのものじゃなくて、手に入れることが可能かどうかを知りたい」
「それは……」
「話せるね?」
レスターの方を向かない、いや、話さない為に向けないアレックス。その目線の先にある杯へ黒翼の男性は腕を伸ばして瓶を傾けた。
薄い蜂蜜色が照明に照らされて光を放つ。
波打つ水面を見ながら、白翼の青年は一つ大きな溜息をついて顔を上げた。沈黙を諦めたのか、疲れてはいるが真っ直ぐに視線を受け止める。
「俺はやっぱりあなたが苦手です……これって、親睦会を装った尋問でしょう」
「まさか。私はあくまで、おねだり、しているだけだよ」
そう優しく言うが、答えを聞くまで彼は引く気はないだろう。
「地上は一部を除いて争いが続いています。あの国だけは力で平静を保ってはいるようですが、ゆえに戦いへと巻き込まれる」
「小競り合いはなくなりそうにないってことだね」
「ええ」
青年は一気に注がれた花酒を飲み干す。
「南風がのんびり吹くような時代はまだ来る気配がないね」
「平穏で安らかな時代を読んだ詩ですか」
「そう。本来ならあの子達の興味を放っておいてもいいんだけど……やっぱりそうもいかないようだ」
「……っ」
アレックスはかすかに息を呑んだ。緩やかにアルコールが支配しつつあった意識を一気に覚醒させる。
「さあ、そこで質問だ。あの子達が入手しうる地上への手段はないのかどうか」
「あるわけが、ないですよ」
黒翼の男性の言葉に間髪いれずに応える。
言える訳がなかった。
もう、ギルフォードがその手段の一端を持っている、などと。
「……ふぅん」
だが、レスターはにぃっと笑った。
「やれやれ。いけない子はギルだけかと思っていたが、そうでもなかったようだね」
「な、何を」
動揺するアレックス。けれど、まるで気にとめないように男性は笑う。
「これで知りたいことはわかったよ。ところで、もうそろそろ酒が切れそうなんだけど何かないかな?」
確かにその瓶の中はほぼ空になっている。
「あ、ああ……」
アレックスは立ち上がってその場を離れる。好んで買ってくるわけではないが、貰い物の類はまだある。
酒瓶を数本抱えながら、彼は呟く。
「よくわからない……だから俺はあの人が苦手なんだ」
Fine.