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2010.3.8   【屋】

Novel stage / Fun Fiction:QМА

《Piano Sonata No.2 Op.35 Second Movement》 Francis*Serious


 


 

 明るく穏やかな太陽の光が緑の都へ降り注ぐ。
 大地の恵みを必要な分だけ受け取る男達。繊維から布を紡ぎだす女達。
 子供に物語を読み聞かせる優しい母親。動物たちから森の調和を学ぶ少女。
 森へ迷い込んだ少年を導く動物達。共に冬を乗り越える彼ら。
 互いの領域を侵さない、自然との共存があった。

(きょうもへいわだわ)(あしたもへいわだよ)

(ぱぱおかえりー)(ただいま。いいこにしてたかな)

(とりさんとね、あそんできた)(あらあらこんなによごして)

『私は、緑の都の全てが好きだ。森と民と、共に生きていくことが好きだった』
 穏やかな壮年の男性の声がする。
『どちらが欠けてもいけない。どちらも私には大切なものだ』
 まるで親が子供へ向けるような慈愛や誇り。それが彼の言葉には含まれていた。
 確かにこの都は一種の理想の街だ。人間と動物が互いに領域を確立している緑の都は、無理なく共存を続けていけるだろう。
『だが……』
 男性は苦しそうな声で言う。
『欠けてはならぬものは、それだけではなかったのだ』

 ぽつ、ぽつ、ぽつぽつぽつ……。
 晴れていた空は黒い雲に覆われ、涙のような雨が森に降り注いだ。
 本来なら人々は屋内に入り、動物達もまた自らの塒へと戻って雨を凌ぐだろう。
 それは悪ではない。雨は大地の恵みをより増やしてくれる存在でもあるからだ。
 だがその日、人々は外で立ち尽くしていた。動物達もまた塒に戻らず、都の中に留まっていた。
 かーん……かーん……かーん……。
 決まった時刻でもないのに、鐘の音が聞こえる。
 黒衣を纏った人々が慟哭する。動物達もまたおのおのの表現を持って嘆き悲しむ。

(どうして)(あのやさしいおうが)

(おうさま、しんじゃったの)(ああ……っ)

(まだわかいのに)(うわああああぁん)

『私は病に倒れた。何人もの医者や呪い師が私を見たが、誰も治すことは出来なかった』
 その息は次第に荒く、今現在病にかかっているかのような話し方となっていく。
『だが、人はいつか死ぬ。これも自然の一部と考えれば、死ぬことは怖くなかった』
 ただ、と苦しそうな声で男性は続けた。
『緑の都の行く末を、少しだけ見ていたかった。私の愛する民が幸せでいるかどうか』

 茜色に染まる空。だが、今は夕方ではない。
 木々が焼かれていく。動物達が住処を追われ、逃げていく。
 拓かれた土地を人々は耕し、作物を育て、外部に売る。
 定められた領域を侵した人間へ動物達が復讐し大地が血に染まる。
 外から来た人間達は全てを緑の都の民に行わせ、自分達は一滴の汗も落とさない。

(ほら、そとにはこんなにべんりなものがある)(うわぁすごい)

(ほしいだろう? さくもつとこうかんだ)(でもこれいじょうは)

(もりをひらけばいい。どうぶつなどこわくない)(みんなはともだちなのに)

『私の後を継いだのは民達が選んだ代表。彼は外界との繋がりを強化しすぎてしまった』
 言葉から苦しみは消えていた。今浮かんでいるのは、心よりの悲しみ。
『民は戸惑いながらも森と歩むのではなく、森から奪い、搾取する道を選んでしまった』
 彼は悲しんでいる。大切なものの片割れが失われてしまったことを。
 けれど、民を憎むことも出来ない。残された大切なものの片割れだから。
『都は確かに暮らしやすくなった。本当の豊かさを失って。そして』
 男性は一度言葉を切り、改めて息を吸って、続ける。
『悲劇が、起こったのだ』

 黒い雲が緑の都を覆う。
 ざぁざぁと降り続く雨はもう一週間以上も続いていた。風も荒々しく家屋を叩く。
 外部の手が入ったことによって強化された家々はこの程度で揺るぎはせず、人々は部屋の中で遊戯に興じていた。
 だから、民は気付かなかった。
 増水を重ねた川が濁流と化して緑の都へ襲い掛かってくるのを、人々は実際に飲み込まれるまで知ることはなかったのだ。

(たすけて)(しにたくない)

(なにがあったの)(ぱぱぁ)

(だってかわはあんぜんだって)(いやだしにたくない)

『森が焼かれたことで大地は雨を受け止めきれなくなった』
 嗚咽に近い言葉が搾り出される。
『外部の人間もそのことを民に伝えなかった。彼らは自分達だけ逃げ出した』

(くるしぃよぅ)(たすけて)

『民も動物達も巻き込んで濁流は緑の都を包んでいった』

(いきが、いきができない)(いや、いやいや)

『屋外も屋内も関係なく、老若男女も関係なく全てを黒い流れが飲み込んでいった』

(ぱぱ、まま)(しにたくない)

『私が、私がいれば。私が死なずに都を治めていれば』
 濁流が暴れる轟音と人々や動物達の巻き込まれる悲鳴がノイズのように男性の声に染み込んでいく。
『彼らは死なずに済んだ! 緑の都には私が必要なのだ!』
 それでもノイズを押しのけて痛いくらい叫ぶ声。
『私は死んではいけなかったのだ私は民を守るのだ私は森を守るのだ私は私は私は私は私は私は!』
 更に混ざっていく絶叫とノイズの中で、その言葉は不自然なほどにはっきりと響いた。

『お前を 喰らう』

「うああああぁぁぁああああぁぁぁっ!!」
 楽園に訪れた悲劇を前触れもなく直接精神で体験させられた少年には、狂気に満ちた王の魂を拒絶するだけの余力など残っていない。
 闇の奔流に飲まれながら、精神を侵食されていく肉体が悲鳴を上げる。
『私はお前となりお前は私となり私は永久に生き続け森も民も守り続ける私の名はイモータルお前の名もイモータル私は死なない私は死なない私は死なない』
「ちが、う、ぼく、は」
 自分が自分でなくなっていく。塗りかえらえていく。
 おぞましい感覚にセリオスは抵抗すべく指先を闇の中で滑らせる。それは真の闇の中で正確な魔法円を描き出した。
 今までの修練によって高められた魔力が媒体を得て顕現しようとする。
『私はお前となるお前は私となる私はイモータルお前もイモータル抗うな喰われろ喰われろ喰われろ喰われろ喰われろ喰われろ喰われろ喰われろ喰われろ喰われろ喰われろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』
 だが、間に合わない。
 少年の描いた魔法円が闇の中に消える。そして彼は一言呟いた。

「私は、イモータル」


 To be continued...


 

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