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2010.3.3 【影】
Novel stage / original:Absoetia
《孤独》
現在の将軍、オフィツィーア家。
代々続く将軍の家柄であり、城には及ばなくとも立派な館をかまえている。
その庭の中にある小さな家ほどもある離れにラートはいた。
離れの主、キルシェは昨日から目を覚まさない。
また"杭"としての役目を果たすためにどこかへ行き、戻ってきた時には自力では立てないほどの高熱を発していた。
その時はまだ意識があり、絶対誰にも話すなと口止めされた。だが直後に瞼が落ち、それから目を覚まさない。
ここへ運んだのもラートだ。
原因は運んでいる間に気付いた。力なく下がった手の甲にある黒く変色した切り傷。
明らかに毒か何かを塗られた刃物で切られた跡だ。
流石にもう誰にも話さない訳にはいかずラートはある人に連絡を取った。指示に従って対処療法を取り、今に至る。
直に熱くなってしまうタオルを水に浸し、絞ってから眠る青年の額に置く。呼吸もまだ整わず、汗も酷い。
もし将軍家の誰かにこの状況を説明しろを言われるとかなり困ったことになるだろう。
しかし、誰かが見に来る様子はない。
キルシェは将軍家との血の繋がりはない養子。普通、養子は跡継ぎがいないときに他家の次男や三男などを跡継ぎとして迎えるものだが、将軍には男子が二人、娘も一人いる。
ここにいるのはキルシェの父親が国王の外戚である権力で引き取らせたからだ。
失敗作だった。そんな理由で。
だが、キルシェ自身も王家の血筋であることにはかわりない。
将軍家であるオフィツィーアは本来仕える立場であるがゆえに、青年に遠慮している。遠巻きにしていると言ってもいい。
今回はそのことが逆に助かったわけではあるのだが。
もうそろそろキルシェが倒れてから一日になる夜。
その間ずっと付き添っていたラートは軽く目をしばたかせ、すっかり温くなった水を取替えに行こうとした。
「…………と……」
立ち上がった時、微かに声が聞こえた。よく見ると紅い瞳が僅かに覗いている。
「気がついたか」
「い、ま……」
掠れた喉がいくつか単語を紡いで咳き込んだ。
「少し待て」
捨てようとした水の器を置いて、水差しからコップへ水を注ぐ。上体を軽く起こしてやり、乾いた唇を少しずつ湿らせていく。
キルシェは途中軽く咽るも、話せる程度には喉を潤した。
「いつ、です。いまは」
「まだ一日しか経過していない」
「そん、なに」
何か言いたそうな青年に水を飲ませながら、ラートは話を続ける。
「悪いが、王城の方には話を通した」
すると、動こうと強張っていたキルシェの身体から力が抜ける。
「あの、かた、ですね」
ラートが頷くと、キルシェが深い溜息をついた。
コップが空になるとラートは再び寝台へ寝かしつける。
「まだ暫くは熱が下がらないそうだ」
「そう、ですか」
答えながらアルビノの青年はやはり先程までの勢いはなく、ぐったりと瞼を閉じた。
「……キルシェ」
「かんせいした、ひと、ですから。うまく、やって、くださる、でしょう」
それはどこか諦めを含んでいる。言われ続けてきた、失敗作は完成品に及ばないと言う呪詛にも近い言葉。
「キルシェ、お前はお前だ。あの人の影ではない」
ラートの声は届いたかどうか。キルシェは再びその意識を失っていた。
Fine.