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2010.3.2   【臭】

Novel stage / original:Abyss of Time ~ After the Nightmare ~

《代償》


 


 この現代社会。夜になっても常に明るい通りという物はある。
 けれどそこから一歩でも外れてしまえば、そこは原始の如き闇の中。
 異界からの侵略者、イレイサー達の住処。

「和、そっち行ったっ」
「ちぃ……戻れ、翔(しょう)!」
 繁華街から数本ずれた路地、宵闇の中に紛れて僕と和は昆虫型のイレイサー三体を相手にしていた。
 今は僕が腕を変形させて射撃しつつ二体へ射撃、すり抜けた一体が鍬形のような顎で攻撃してくるのを和が半透明の鳥を呼び戻して防いだ。
 本来ならこの鳥もイレイサーと呼ばれる物なのだが、和の指示に従い共に戦っている。
 イレイサーも一枚岩ではなく、異界への侵略を快く思わない物もいる。この世界から異界へ戻れなくなった物もいる。そういうイレイサー達を手足の如く使いこなすのが、和達魔物師と呼ばれる者。
 和が使うのは半透明の鷹の形体を取るイレイサー。翔という名前は和がつけたらしい。
 鷹は鍬形の頭部を鋭い爪で引っかき、怯ませた。隙を突いて和が拳銃を撃つが、その前に逃げている。
「……数が多い。長期戦になるか」
「あまり長引かせたくないんだけどな。ここ一応街中だし」
 そう和に言いながら、僕は光の弾をイレイサー全部へ放った。
 甲虫型のイレイサーは角が折れてそのまま動かなくなったが、百足の形体を取ったイレイサーは見た目によらず素早い動きで回避し、和を狙った鍬形型はまだまだ余裕なようで顎をがちがちと打ち鳴らしている。
「行け」
 和も近付いてきた鍬形へと翔を飛ばす。その爪は的確に同じ部分を抉り、体液か濁った緑の液体が飛び散った。
 途端、腐臭のような悪臭が漂い、液体がかかったアスファルトはしゅうぅ……と白い煙を微かに上げている。
「うわ。どう見ても酸性だ」
「厄介だな」
 和は鍬形の攻撃を回避するついでにバックステップ。間合いを離した。
「ま、任せてよ」
 和の方を向いた鍬形の背後へ僕は光の弾を連続して撃ち込む。
 どすどすどすとイレイサーの身体には穴が開いていく。もちろん体液が零れ、あたりに漂う腐臭は増したが気にしてはいられなかった。
 百足の方は鍬形を乗り越えて間合いを詰め、翔がそのすぐ周囲を飛び回ることで注意を引きつけていた。
 無視して和に近付けば鋭い嘴が百足の継ぎ目に食い込む。こちらは体液によるダメージを与えるものではないようだ。更に隙が出来れば銃弾が飛んで行く。
「和、大丈夫?」
「ああ」
 なかなか倒れない鍬形の顎に挟まれそうになるのを下がって避けながら、僕は声を掛けた。和は平然と答えているけれど、実際は翔のコントロールに集中しているよう。
 それでもこのままなら倒せると、思ってた。
「……んだぁ? なんかくせぇぞ」
「ほんとだわぁ。変な臭い~」
 唐突に背後から聞こえた声に僕は慌てて振り向いた。
 酔っ払った中年男性に、腕を絡める露出の高い女性がこちらに向かって歩いている。
「ちょ……紫さん!『結界』は!?」
 僕は自分の通信機能を使って紫さんに呼びかける。
 異界からの侵略者がいることは公にされていない。秘密にしておかなければパニックを引き起こすからだ。
 その為、僕らが戦う時は『結界』と呼ばれるものを使って一般人の認識をずらす。見えていてもなかったこととして認識させる。
 けれど彼らは明らかに腐臭を嗅ぎ取っている。『結界』が発動していないのだ。
『ちゃんと作動はしている! 調べてる暇はないな、直に別のを起動させる!』
「菘!」
 紫さんが慌てて操作する音と同時に和が僕の名前を呼ぶ。
 ヴヴヴヴヴヴと鍬形が身体を細かく震わせていた。何かをする前兆。
 和は百足を間に挟んでいるから鍬形からは距離があるし、あのまま翔が百足を惹き付けていれば害はないはず。
 僕は砲塔に変形させていた腕を元に戻して、注意を促そうとしたけれど、遅かった。
「あん? なんだぁお前ら」
「やーだぁ。虫がすごく大きく見えるぅ」
 酩酊しているせいで事態の異常さには気付いていないが、あまりにも戦う場所に近い位置までその二人は来ていた。
 それどころかけらけら笑いながら更に近付いてくる。
「こっちに来ちゃ駄目だよ!」
 戻した腕で酔っ払い達と鍬形の間に入って追い返す。
 しかしまともな思考力を持ってない彼らはそんなことお構いなしだ。
「まだガキじゃねぇか。んなとこでぶらついてねぇで家帰んな」
「そうよぅ。悪い子はわるーいおじさんに食べられちゃうかもよぅきゃはははは!」
 後ろから聞こえる振動音はもう危険な域まで来てて。
「ごめんっ!」
 僕は咄嗟に二人を突き飛ばした。
 その直後。ぱんっ!と何かがはじける音と背面部ほぼ全てに灼熱感が走った。
「っあああああああぁっ!!」
「菘!」
『菘! 菘っ!?』
 僕は前のめって手と膝を突いた。背中からしゅうしゅうと溶け出す音がする。
 普通の人間なら意識を飛ばしていそうな苦痛の中で、僕はまず突き飛ばした二人を確認する。
「つってぇ……」
「いったぁい!」
 細かい飛沫でコートに穴くらいは開いたかもしれないが、他には擦り傷くらいしか見えない。
 安心して振り返ると、鍬形がいた辺りを中心として緑色に染まっていた。ところどころに黒い欠片があることからどうやら自爆したらしい。
 向こう側はもろに百足が酸を浴びてのた打ち回り、その影にいた和はほとんど影響を受けていない。そして高く飛び上がることで体液を回避した翔が一気に急降下。百足の身体を貫き、暴れる足は動きを止める。
「ん……紫さん、終わったよ」
『わ、わかった。今新しい『結界』も張り終えたから、外部から入ってくる一般者は』
「このクソガキがっ!いきなり何しやがる!」
 僕の呟きに紫さんが返している間に、僕はいきなり胸倉を掴まれて吊り下げられた。
 掴んだ手の主は突き飛ばした中年男性。
 もう片方の手が拳となって振り上げられているが、侵食していく酸が僕に動くことを許さない。もっとも一般人にあと数発殴られたところで壊れるようなやわな肉体でもない。
 そして振り下ろされた拳は。
 ぱしっ。
 受け止められていた。酸の池状態の部分を、翔によって飛んで越えてきた和に。
「あ?」
 止められた拳を不思議そうに見た中年は、次の瞬間和に殴り飛ばされていた。
「ぐあっ!」
「きゃーっ!? ちょっと大丈夫ぅ?」
 吹き飛んだ男性へ女性が慌てて駆け寄る。
 和はもうそちらの方を見もしないで僕の方を向いた。
「紫さん、この場は」
 先程の様子で僕と紫さんが通信状態にあることを和は気付いていたらしく、まず紫さんへ声を掛けた。
『もう処理専門のに連絡を取った。和さんも菘も戻って来てくれ』
「わかった」
「うん」
 返事が終わった後で最後に紫さんが一言。
『ああ、そうだ。和さんありがとう。あなたがぶっ飛ばさなかったら、私が悪夢を見せてやるところだったよ』
 和は表情一つ変えずにスーツの上着を僕に掛けて、僕を担ぎ上げた。和の肩が僕の肩の下にあるくらいの高さになる。
「戻るぞ」
「あ、うん。でも僕歩けるんだけど……」
 そう呟くが和は何も答えずに歩き出した。

「ねぇ和。僕達一応一般の人守るために戦ってるんだから殴ったら駄目じゃないかなぁ」
「そうかもな」
「僕なら気にしなくていいんだよ。僕、平和の代償引き受けるための人間なんだから」
「人間なら、痛いのは嫌なものだ」
「そりゃあね。でも先に僕が突き飛ばしたんだし」
「そうしなければ死んでいた。命の代償はお前が払ってる」
「でも」
「……寝ていろ。紫さんのところに連れて行くから」


 Fine.


 

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