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2010.3.24 【漢】
Novel stage / Fun Fiction:遙かなる時空の中で
《春紡ぎ》
水茎も鮮やかに僧侶の手が半紙へと詩を綴っていく。
それは春を紡ぐ詩。花に鳥に、その情景をこめて。
桃 紅 復 含 宿 雨
柳 緑 更 帯 春 煙
花 落 家 僮 未 掃
鶯 啼 山 客 猶 眠
最後の一文字を書き終えた年若き僧侶がかたん、と筆を置く。
すると、横から声がした。
「それは何だ?」
僧侶が声の方向を見上げると、白い浄衣を纏い、髪を片みずらに結った背の高い青年が詩を覗き込んでいる。顔の左半分を醜い痣が覆っているが、外界から隔離されたような雰囲気もあいまって与える印象は不快というより拒絶に近い。
知らない人間がいることに驚いた僧侶の少年は見上げたまま固まっている。向かい合った青年は固まったことに気付かず、半紙へと目を走らす。
「唐の詩、か」
青年はすらすらと淀みなく読み上げるが、その表情は不思議そうだった。
「桃紅復含宿雨……」
ぽつり、と呟いた声に少年が漸く硬直から解ける。
「あ、あの、どちら様ですか」
「陰陽師」
文字を目で追いながら青年は即答した。そしてしゃがむと、少年に再び尋ねた。
「これは何だ?」
相対距離が一気に縮まって再び少年は驚きながら、今度は固まることはなかった。
「は、はい。漢詩です。一説では隠者の理想の暮らし、とも言われています」
「春の詩だな」
「はい。一行目と二行目の赤と緑が対比でより美しく見えているのが特徴的です」
「なるほど」
いくつか質問を重ねると青年は納得したらしく、立ち上がった。
「理解した。興味深いな」
そして、彼は文机から離れると光のさす蔀へと向かう。慌てて追いかける少年が一瞬光で目が眩んだ次の瞬間には、その姿はもうなかった。
「……え」
きょろきょろと周囲を見回すが、誰もいない。まさかとは思い外も見てみたが地上から遥か高み、三階から飛び降りることは出来ないだろう。
「今のは、一体……」
紫髪の少年は呆然と青い空を見上げていた。
Fine.