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2010.12.23 【天】
Novel Stage / original:Absoetia
《天上都市の洗礼(?)》
周囲には本の詰まった本棚。窓の外に見えるのは一面の青空。
地上と違うのは窓から下を見ても広がるのが青空だということ。
精神の復帰、黒翼族の男性に言わせれば心の再構築が進んできたキルシェは徐々に周囲の状況を把握できるようになってきた。
意識の強度が次第に高まってきて、内側だけでなく外側へ向けるだけの余裕が出来たのだろう。
「君は結構意志の強い人なのだな」
方法はわからないが意識の中まで語りかけてきた男性はあれからもこまめに様子を確かめに来ている。
青年自身としても、来訪の度に最初誰かが来ていることしかわからなかったのに相手が識別出来るようになったことで感覚的にもわかっていた。
「回復できるかどうかも五分だったが、順調に戻ってきているし。どこか不明な部分はあるかね?」
「……今は思い当たりません」
「もしも何か出てきたら焦ることなく一度置いておきたまえ。急ぐにはまだ早すぎる」
ざっと問診も済ませた男性は満足そうにひとつ頷く。精神的なダメージは肉体にも影響を及ぼすことが多いが、今回は数日間身体を動かせなかった為に多少動きが鈍った程度で済んだ。
一通り口述の内容を書き留めるとフォレスターはノートを一度置き、別に持っていた本を差し出す。
「これは?」
「起きていられるようになったら暇だろう。君の血族の過去がある場所だ、知っているに越したことはない」
青年が渡されたのは絵本。どうやら子供向けに作られた創世記紀のようだ。
そんなに文字が読めないように思われたのかといぶかしみながら表紙を見て、即座に理由を悟った。
「言語は同じなのに、文字が違う……?」
そこにあったのは見慣れない文字だった。いや、正確には見慣れている文字に近いがその通りに読むと意味が通じないと言うべきか。
黒翼族の男性はもう一冊、どちらかというとメモを纏めたような冊子と筆記用具もサイドテーブルに置きながら言った。
「記紀によると文字は天上から地上へ持ち込まれたらしい。天上ではそのまま過去の文字を使い続けて、地上では時代や使い道に合わせてカスタマイズしたんだろうね」
彼の反応も予想のうちらしくすらすらと答えるフォレスター。そして揃えた道具の意味から考えると。
「……暇つぶしにここの文字を覚えてみろ、ということですか」
予想が外れたとはいえ、本調子ではない病人にやらせることではない。思わず半眼で涼しい顔をしている男性を睨んだ。
「少なくとも脱走する気が起きない程度には暇が潰せそうだろう? まったく違う言語ではないから、覚えるまでにそれ程苦労はしないと思うよ」
フォレスターは向けられた視線すら楽しそうに受け止めて返すと席を立つ。
そしてまた後で来ると言いおいて、平然と部屋から出て行った。
キルシェは憮然として黒い蝙蝠のような羽を見送ってひとつ溜息をついた。何より言われたことが間違っていないことが釈然としない。
ただ暇なことも興味があることも確かで、元より知識を得ることが好きなキルシェには抗いがたい材料だった。
「……まあ、いいでしょう」
大人しく絵本と綴られた冊子を開く。冊子の方はお手製の辞書のようで、地上の言葉と天上の言葉を双方に訳したものだ。
一度やり始めると、ここのところ"杭"としての仕事、つまり実働が多かった青年が久しぶりの新鮮な知識に取り込まれるまでそう時間はかからなかった。
「……アレックスに後で様子を見るよう頼んでおかないとね」
思惑通りに青年の意識をそらせたフォレスターは、こっそりと扉の前から離れつつ難しい顔をして呟いた。
「さて、いつまでも隠し通せるわけがないしね……どうすべきかな」
Fine.