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2010.12.20 【閉】
Novel Stage / original:Willwart&Absoetia
《閉じられた瞼は残酷な目覚めを迎えた》
瞼を閉じていても瞳を射してくる強い光によって、一度闇へと沈んだ青年の意識は徐々に表層へと浮かび上がっていた。
ぼんやりとした意識の中でも、顔より少し上の空間で何か動いていることがわかるくらいに。
それは試行錯誤しているのか何度も行き交い、それによって見えたり遮られたりする光がちかちかと瞬いて煩わしい。
掌を翳そうと腕に力を入れる。
きちんとそう考え、指令は送られているはずなのだが、肝心の腕は僅かにぴくりと動いただけだった。
けれど、試行錯誤を繰り返していた何かは気付いたようだ。
動きがしばし止まる。もっとも、すぐにどうするか決めたようで、瞬きは収まったが動いている音がする。
ある程度動いたところで青年の上体が起こされ、背中にクッションのような厚手の物をいくつかあてがわれた上で戻される。軽く上体が起きた状態を柔らかく受け止められながら、今度は瞼の裏まで透る光はなかった。
「これで大丈夫、かな?」
若い男性の声が確認するように呟く。気付くかどうかはわからないが、青年は小さく頷いて見せた。
「そうか。よかった」
どうやら気付かれたらしい。
意識の覚醒自体は既に悟られているので、当たる光が弱まったのを幸いに青年はゆっくりと瞼を開いた。弱まったと言っても瞳に迎え入れる一瞬、刺されるような感覚が生じる。ただ、耐えられないほどの強さではない。
真っ先に見えたのは正面にあるぎっしり本のつまった本棚が視界に収まらないほどの高さを持って鎮座している壁だった。眩しい光は更にその上の吹き抜けから降り注いでいる。
「もう眩しくないか?」
更に近く、酷く驚いたような顔で覗き込んでくる青年がいた。短い金色の髪にエメラルドの瞳、青年よりは太いがまだ細身と言える身体をなにかの制服らしきもので包んでいる。その背には、白く大きな鳥に近い形の羽。
青年のかすれた声が、てんよくしゅ、と呟く。
「……ああ、そうだ。天に連なる者の末裔とはいえ、勝手に連れて来て申し訳なく思っている」
寝かされている青年と見た目は同じか少し下位に見える天翼種の青年はすまなさそうに、けれども仄かに微笑んで白く長い髪を柔らかく撫でた。
「天空都市ウィルワートへようこそ、空の民であり大地の民。その……少しでも早く、地上へ戻せるように努力する」
言われた青年、キルシェは何も返せず、ただ焦点の合わない赤い瞳で緑の瞳を見上げていた。
「まだはっきりとではないですが、目を覚ましましたよ」
「そう……では、そろそろギルにもちゃんと説明しないと抜け出しそうだね」
疲れた表情のアレックスがいうと、軽く顎に手を当てた黒翼族の男性が立ち上がる。
「ついに、ですか……」
「いつまでも秘密にしておけないから、ね。君は立ち会う必要はないよ」
俯いた弟の親友の頭を見下ろしながら、軽くその肩を抱く。ぽんぽん、と叩きながら彼を諭す。
「少し休みたまえ。あれだけストレスのかかる出来事があったというのに、その後も昼間に議会の騎士の仕事をしながら夜はこちらの看病の手伝い。いくら君が頑丈でも、身体か精神を病んでしまうよ」
「……平気です」
力ない言葉が溜息の狭間に呟かれる。ふむ、と小さく唇を尖らせながら言葉をかける。
「何かしていないと落ち着かない、かね。その気持ちもわからないでもないが」
言いながら男性の肩に添えられてない方の手が気付かれないように持ち上がり、アレックスの頭が上がると同時に素早く首筋へ打ち下ろされた。
「な……っ」
「無理矢理に寝ることも時には必要だ」
アレックスが戦いに関するプロと言うのであれば、フォレスターは人体に関するプロだ。元々騎士への勧誘もあった身体能力は素早く的確に急所をつく。
くずおれる身体を支えると、翼が潰れないようにソファへ横たえる。気絶させてさえ表情に疲れが見せている。
「さて、向こうもなんとかするかな」
フォレスターがノックすらせずに入ってきたのは、ギルフォードが暇に飽かして本を読んでいた時だった。そろそろ覚醒時間が健康時と変わらなくなってきたにも関わらず、未だに外出禁止令が続き、事情も説明されないまま本当に脱出を考えていた。
「やあ、起きていたのかい」
「兄貴」
本を置いた青年は真剣な眼差しを男性へと向ける。その中には苛立ちや非難も含まれていた。
もっともその程度で態度が変わるような兄であれば、ギルフォードはとっくに欲しい情報を無理矢理にでも聞き出せていただろう。
「随分と険しい目をしているね。その調子ならまだ起きていられそうかい?」
男性はベッドサイドの椅子を引くと、足を組んで座る。長くいる時に決まって取る動作。
「君さえよければ、そろそろ頃合いだと思ったんだが」
「……え?」
問い詰めようと思っていた矢先の、相手の発言。軽く驚きに目を見開いたものの、黒翼族の青年はひとつ頷いた。
「よろしい。といっても、衝撃的な内容の割には実はそれ程長い話ではないんだがね」
そう前置きして、フォレスターはまず問いから話を始めた。
「お前が最後に地上へ行ったとき、随分と急いでいなかったかな?」
「あ、ああ……」
「妹君はその時のお前の姿を見ていたのだろう。会いにこないお前が急いでいるのを見て追いかけ、地上への転送に巻き込まれた。そして……」
青ざめていく青年へあくまで淡々と男性は告げる。
「漸くお前を見つけたと思ったらその命は既に絶えていた。その彼女の悲痛な叫びに応えたエルスタイン君が悪魔の囁きを吹き込んだ。お前を復活させる方法がある、とね。因果律ごと他人の命に肩代わりさせる、俗に禁忌と呼ばれるものだ」
「ま、待ってくれ」
ギルフォードは溜まらず男性の白衣の袖を強くつかんだ。血の気が完全に引きながらも、その理解力は衰えることがないらしい。
「確かにパールは強い力を持っている。だが、そんな因果律まで狂わせるような力なんて」
「お嬢さん、お前の石であるエルスタイン、彼女の石であるディアナ、そしてどうやって引きずり込んだかはわからないが地上から帰らなかった白翼族の子孫、理師」
「……っ!?」
「と言っても一人だがね。彼もかなりの力の持ち主で、禁忌の扉、つまり大地の扉は開き、無事お前は戻ってきたと言うわけだ」
黒翼族の青年は白衣の袖を握ったまま、視線を足元に向けて動かさない。自分が一度死んだ、などと、普通は衝撃が大きすぎて受け入れられるようなことではないのだろう。
けれど、肝心の本題はまだ伝えていない。
今伝えることが正しいとは限らないが、それが取りうる限り最善であることを信じてフォレスターは言葉を繋いだ。
「そして、天空都市の人間が禁忌に触れることは」
一度言葉を切り、はっきりと告げた。
「永遠を、意味する」
意味を理解し切れなかったギルフォードが顔を上げた。不審と恐怖。そして、悲壮。全てが入り混じった複雑な表情が目の前にある。
「えい、えん?」
「全ての記憶を消された上で、ブラックモノリスと呼ばれる黒い立方体の中で眠りにつく。本来なら、永遠に」
「記憶、消され……永遠の、眠り…………」
文章にならない言葉が青年の口からぼろぼろと落ちた。
「おれの、せい、で…………パール、が……?」
がたん、とギルフォードの上体が寝台から落ちかけ、余裕を持って男性が支える。
「しっかりしたまえ」
「……そん、なの……あるわけ…………」
呆然と頭を抱える弟に、兄は言い聞かせるように口を閉じることなく続ける。
「お前にとって辛いことはわかっている。だが、お前は認めなければならない」
「あいつの!」
男性を突き飛ばすように腕を振り回す。尋常ではない量の汗が滴り落ち、顔が一気に紅潮していた。
「あいつのいない先、なんて…………」
「この現実を、お前が受け入れずに誰が受け入れる!」
歯を食いしばる青年へ弾き飛ばされた毛布を掛けなおしたフォレスターは真正面から叩きつけるように言い切った。
「どれだけ泣き喚いてもいい。告げた私を恨んでもいい。お嬢さんの行為を無駄にすることだけは私が許さないよ、ギル」
「兄貴……」
「あの子の想いは、お前に届いているはずなのだから」
壁にぐったりと持たれかかるギルフォードに水を持たせながら、男性は再びいたわるような微笑みを浮かべた。
「時間はいくらでもある。ゆっくり考えることだ」
男性が去り、一人残った青年は、掌の中の水面をただじっと見つめていた。
Fine.