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2010.12.27 【酷】
Novel Stage / original:Willwart&Absoetia
《さとりさとられ》
「やあ、勉強の方は捗っているかい?」
部屋に籠りっきりの青年を訪ねたのは主治医でもあり家主でもある黒翼族の男性だった。既に指示されていた本を数冊読み終わっていた青年が手にしているのは、いわゆる空中都市で使われている国語の教科書のようなもの。学校に入って少し慣れたくらいの子供が使うものだ。
とはいうものの、青年が空中都市へと送られてほぼ一か月。最初の一週間近くを自身の再構成に使ったことを考えると、いくら教材が適切だったとはいえ驚異的な速度といえる。
もっとも、青年がフォレスターへと返したのは斜に見上げる鋭い視線だった。
「その様子だと本が気に入らなかったかな」
男性は白衣に包まれた肩を軽くすくめる。
「それなら別のを……」
「貴方は親身なのか酷薄なのかわからない方ですね」
キルシェは本から目線を逸らさずにそう言った。部屋から出ようとした男性の動きが止まる。
「御自身では触れられない話題を私に振らせますか」
「何の事かな?」
「恍けられても結果から言うと無駄ですよ」
青年は本に栞を挟むと顔を上げ、黒い翼の向こう側へ言葉を続ける。
「彼が図書室に籠っているのも、私へ指定した本が手の届く範囲になかった時点で貴方の意図を悟ったことも予想通りなのでしょう」
「私は随分と勘繰られているようだねぇ」
漸く振り返ったフォレスターは口元に笑みを浮かべていた。どこか楽しそうな表情。
「君が理師と呼ばれ、私達と同じような力を持っていることは知っているつもりだが?」
「隣に猟銃を持つ者がいるのを知っていて、遠くの獲物をナイフで仕留めようとする者がどれだけいると」
確かに調子が完全でなかったとはいえ、風へ働きかけて自分を浮かせることが出来なかったわけではない。だが、その時目の前にいたギルフォードは空中都市の住人、つまり飛ぶことを歩くことと同じく当たり前のようにこなしているのだ。
どちらを選ぶかは歴然としている。
「……貴方は私についてどこまで気付いているのですか」
赤い瞳が一筋の視線をもって男性を貫く。
あえてこの役をキルシェへ振ったということは、青年が意図を読み取った上で協力するという確信があったということだ。共に過ごしたのは僅かな時間に過ぎないというのに。
「それほど、というより、君の経歴等については調べていない」
フォレスターは笑みを崩さないまま答える。
「ただ、それでもわかることはある。君は未知への好奇心が高いが警戒心も高いし、警戒していると悟らせないだけの配慮も怠らないから対人への突然の対処には慣れている」
きちんと説明しておくことにしたのか、男性は青年の元へと戻ると寝台の側にある椅子へ座った。
「だとすれば、ある程度場数を踏んでいる可能性が高い。説得するにしろ無視するにしろ、ぶつけてみるだけの価値はあると思ってね。特に君はギルにしてみれば被害者の立場だ。言うことも受け入れやすいだろう」
「事件の当事者で他人という中途半端な立場であることも織り込み済みでしょう?」
「もちろん」
ぴっと指先を突き付けてフォレスターは口の端を釣り上げる。対処に慣れているのであれば現状維持はあっても悪化させることもないという判断だった。
キルシェは一度目を閉じると、ふかぶかとため息をついた。
「言語の授業料としては悪くないと思うんだがね」
「ええ、そうでしょうとも」
言葉は投げやりになりつつも改めて青年はこの男性の判断力に感心した。アレックスに聞いたあの始まりの時から、こうして彼はずっと大切な者を護ってきたのだ。
だから。
「本はこのままで構いませんよ」
それだけ言って話を打ち切った。視線を栞がはさまれたページへと送り、白紙の上をペンが走っていく。
「……どういたしまして」
フォレスターもそれだけ言うと、再び立ち上がった。
Fine.