[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
2010.12.29 【髪】
Novel Stage / origina:Willwart&Absoetia
《天地を渡る風》
ふわり。
小さな窓からでも風は緩やかに吹き込み、ささやかに少女の金色の髪を揺らした。
彼女の赤い瞳が空を見上げているように見える。
しかし、実際には彼女はもっと上を見透かしている。地上からは決して見えない天翼族の住む空中都市を。
「……ウィルワートにいるのなら、それでもいい」
十代後半にしか見えない少女はしっかりと両手を組んで祈っていた。
「どうか生きていて……キルシェ……」
行方不明となった青年は、未だ砦以降における行方の確認ができない。現在の居場所どころか、ラートが光の中へと消えていったのを見た後は一切目撃されていないのだ。
生きた姿どころか、死体すら。
だから少女は願うのだ。
どこにいても、もし二度と会えないとしても。
生きていて欲しい、と。
ふわり。
大きく開かれた窓から一瞬だけ強く吹きつけた風が、青年の白く長い髪をぱさりと持ち上げた。
「……もうそんな時間ですか」
目の前にかかった髪を左右に頭を振って後ろへと追いやる。一度止めた手にはペンが握られていて、白紙をびっしりとインクで埋めていた。
青年は筆記用具を纏めて寝台のサイドテーブルに置いた。
そして。
「もうそろそろ、考えておくべきでしょうね」
ひとつ呟くと同時にその気配が限りなく薄れる。まるで目の前にいないと存在を確認できない程、動作も意識も外側からは認識できない。
彼の理師ではない一面、"杭"としての側面が前面に出た状態だ。
キルシェは日除けである白く大きな外衣を片手に抱えて部屋を出た。翼を持たない為そのまま出れば目立ってしまうが、上手く雲に紛れ込むことが出来れば風次第で動き回ることは可能だろう。
彼は部屋からゆっくりと歩き出した。大きな庇護の下から抜けて地上へ戻る方法を探す為に。
例え誰に求められていなくても、誰に望まれていなくても、彼が少しでも居場所を感じられるのはあの王城しかないのだ。
ふわり。
天空都市にしかない花畑の中を包み込むように全方位から風が取り巻き、蝙蝠のような黒い翼を揺らし、緩く編んであった小麦に近い茶色の髪がほどけていく。
「さて、いつまでも隠し通せるものでもないが、どうしたものか」
膝を立てて腰を下ろした黒翼族の男性が顎に手を当てて考え込んでいた。
「彼自身も我慢の限界だろうし……こっそりやる方法を考えなければいけない、かな」
指先で花を一輪手折る。考え事をしながら動いた指が茎をくるくる回している。
地上の人間が天空都市を訪れたことは、公式としてはいままで一度もない。ひょっとしたら今回のように移動で巻き込まれた者はいるのかもしれないが、速やかに地上へと帰されているのだろう。発見した者次第では還された者もいるかもしれない。
「まず必要なのがルートの確保……そもそも彼が通れるかどうか、か」
先日の事件から警戒は厳しくなっている。公園の中継地点でさえ、常に議会所属の騎士達の監視を受けている。アレックスが見張りの時に頼めば出来るだろうが、もし事が発覚した場合は彼の立場は間違いなくないだろう。
そして、天翼族の為に作られた道を人間であるキルシェが使えるのだろうか。
「……過去を当ってみるしかないか」
いくつか候補を思い浮かべながら男性は立ち上がった。
勝手に連れて来た事に対する罪悪感と、弟を僅かながら立ち直らせてくれた感謝を考えると男性は前途多難だが諦めるつもりはなかった。
ふわり。
強く冷たい風が青年の短い茶髪を濃紺のロングコートをはためかせた。
そのことにはまったく気を向けない彼は、感情の篭らない目を空中に浮く黒いモノリスへと向ける。表面に文様が刻まれた無機質な立方体をただ見ている。
それはほぼ一日中続くのであった。
Fine.