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2010.9.26 【命】
Novel stage / original:Abyss of Time
《命ある人形》
赤い赤い曼珠沙華。
それは足元を染める血の色のよう。
流れる秋風の香りには錆びた鉄にも似た匂いが漂っていた。
「心……」
「こころ、さん……」
僕は混乱していた。
命の証である赤い液体が草の緑が見えないくらいに広がっていて。
大地に転がる生気の感じられない身体も確かにここにあって。
血の匂いは今流れたばかりのもので。
心さんの手も、スーツも赤黒い液体で染まっていて。
どう見ても心さんがここにいた人々を殺したようにしか見えないのに、僕はどこかでそのことを否定したがっていた。
休日の観光地だけあって二、三十人は軽くいたはずの一般人が、全て見覚えのある傷によって切り裂かれ、骸を晒しているというのに。
僕は、動けなかった。
「心……何やってるんだ……」
僕の後ろに立っていた紫さんは呆然と言うより、怒りの声を上げていた。
「何で、何でこんなことをしたんだ!」
すると心さんが漸く僕達の方を見た。手に握られていた一メートルほどの体が放り投げられ、ぐしゃり、と赤い花畑の中に落ちる。
「紫さん、すずなくん。早かったですね」
そしてまったく屈託のない笑顔を向けてきた。
いつもと変わらない、優しい笑顔。
「私、漸く思い出したんです。私が誰に、何の為に作られたのか、わかったのです」
「なんだと!」
言いながら心さんは腕を変形させる。イレイサーとの戦闘スタイル、巨大な剣の形に。
その切っ先は真っ直ぐ驚いた僕らへと据えられていた。
「私はイレイサーよる人造人間のプロトタイプ。こころではなく、しん……SINが私の名前」
距離が次第に詰められる。
僕は咄嗟に腕を盾の様に変形させ、紫さんの前で防御体勢を取った。僕の体に刻まれた開発者を敵対者から護る為のコードが働いたのだ。
「それでいいのよ、すずなくん」
心さんは歩を緩めぬまま満足そうに頷く。
「私はイレイサーの目的遂行の為に造られた。人間の中へ紛れ込む為に人間として生活する時間も重ねた……私が戻る為に、あなた達は邪魔なの」
進むうちにもう片方の手も同じような巨大な剣へと変わっていく。僕が隣に戦っていた時には見せなかった変化だ。
「ごめんね。ばいばい」
素早く振り下ろされた一対の刃。盾で片方は止められたが、もう片方は流され、押し切られた。
ずぶ、と腹部に巨大な刃がめり込む。
「すずな!」
「紫さん、逃げてください」
僕は腕を盾から砲筒へと変えて心さんの足へと連続で打ち込む。
腕を切り落とすより振り払った方が早いと判断した心さんは僕ごと刃を振り回して解放した。勢いで傷口は広がったが、まだ動ける。
着地すると僕は再び心さんと紫さんの間へと立った。
「心さんは強いです。守りながら戦うのは射撃戦闘用の僕では難しい」
「せめて防御型がいれば……っ!」
紫さんは悔しそうに唇を噛む。けれど頭のいい紫さんは、この場における最適解を直に導き出す。
「……お前も逃げるんだぞ、すずな」
そう言うと紫さんは僕らが来た方向へと走り出す。遠隔攻撃によって狙われないよう、携帯用のチャフまで使う念の入用で。
「紫さん、どこ行くんですか?」
追いかけようとした心さんだが、先ほど僕が撃ちぬいた足の再生が追いついていない。人造人間として作られた以上、よほど特化された能力でない限りは普通の人より少し治りが早い程度でしかないのだ。
「困りましたね。紫さんは仕留めて置きたかったんですが」
「その坊やに機動力を奪われたのは痛かったですね、心」
突然割り込んだ声。
心さんの背後、まばらな木立の中にいつの間にか女性が立っていた。心さんがもう少し齢を重ねればこんな姿になるだろう、という姿。そしてあの夜、僕が大きすぎる花束をタクシーまで運ぶのを手伝った女性。
「こんにちは。また会いましたね」
微笑む金色の瞳を見た途端。僕の視界が揺らめく。
「命のない人形というのは便利ですね。私も娘以外に欲しくなりました」
ぐらり、と遠のく風景が傾いた。
僕が倒れたのだ。
赤い赤い曼珠沙華。
赤い海の中に優しく包み込まれる僅かなまどろみ、そして暗転。
Fine.