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2010.8.5 【山】
Novel stage / original
《Oenanthe No.6》
「……シィ、ナンシィ!」
少女は光の珠の呼びかけで、自分の意識が別のところへ向いていたことに気付いた。
「……え。何?」
ぼんやりとした応えに、幼い少年の声が怒気をはらむ。
「何じゃないって! 危ないよ!」
彼らが来ているのは霧の内側ぎりぎりの位置、霧をつらぬいて聳える山肌の崖だ。
これから高度が上がっていくここはところどころに大きく崩れた場所があり、足場が不安定になっている。
それなのに彼女はどこかぼうっとしたままだ。
「ごめんなさい。ちょっと休むわ」
少女はいつも休憩するのに使っているテーブル状の岩の上に取った薬草が入った籠を置くと、その隣に腰掛けた。
ふぅ、と小さく溜息をつく。
その頭の周りを小さな光球がひょいひょい飛び回る。
「ねえ、ナンシィ。君、この間から変だよ?」
さっきの怒気はどこへやら、今の声は酷く心配したものだった。
「気がついたらぼーっとしてるし、夜もあんまり眠れてないみたいだ。どこか具合でも悪いの?」
「ううん。大丈夫よ」
言いながら、少女の思考は目の前の光球ではなく別のほうへと飛んでいた。
優しげな微笑。
甘く柔らかいテノール。
太陽の光に輝く金色の髪。
彼女の心は、どうしてもあの御伽噺から抜け出してきた王子様へと飛んでしまう。
「でもこんな調子じゃ危なくて……ナンシィ? ナンシィってば!」
「な、なあに? セリ」
再びぼんやりしていた少女に、光の球が激しく明滅する。
「ナンシィ、もう帰ろう。このままじゃそのうち足を踏み外しちゃうよ」
「そんな。平気……きゃっ!?」
「駄目!」
光が少女の目の前で強く輝いた。あまりの眩しさに彼女は手を翳して光を遮る。
「セリ!」
「ナンシィが怪我するまで待ちたくないもん」
少女が怒るのにもかまわず光球はひょいひょいと飛んでいった。
「もうっ!」
一人残った平らな岩の上で、少女はまだちかちかする目が元に戻るまで動かずにいた。
最初はあの光球に対して怒っていたはずなのに、いつしかその思いはまたあの青年へと向かっている。
本人は気付かぬままに。
Fine.