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2010.8.3 【儚】
Novel stage / original:Willwart
《Get a chance!》
こんな話がある。
かつて空中都市は共和制ではなく王制で、穏やかな王によって治められていた。
王には一人娘がいて、金色の髪にエメラルドの瞳を持つ白翼族の少女は輝かんばかりの美貌とすばらしい機織の腕で知られていた。
その美しさと優しい微笑みに心を奪われる者は多く、何人もの若者が結婚を申し込んだという。
年頃になった王女は、多くの若者の中から一人の青年を選んだ。
それは騎士でも、商人でもなく、一介の鳥飼の青年。王女は、何よりも青年のひたむきな想いと誠実な態度を好ましく思ったのだ。
王も反対することなく、王女と鳥飼は空が真っ青に晴れ渡った日に結ばれた。
ところが二人はあまりにもお互いを愛しすぎてしまった。昼夜を問わず夫婦は共に過ごしたために、機織の道具は埃を被り、鳥達は逃げていった。
己の仕事を忘れた夫婦に温厚な王が怒り、鳥飼を遠い地へと追いやってしまった。
ただし再び真面目に仕事へ取り組むなら、一年に一度だけ輝く光の道を作り、会えるようにしたという。
それ以来、この日は恋人達が共に過ごす日という慣例がある。
ブラックパール家の居間で本を片手に寛いでいたフォレスターは、上から降りて来る気配を感じて顔を上げる。
「おや、ギルフォード。何をしているのかな」
黒翼族特有の黒い蝙蝠のような翼を広げて降りてきた弟へ問いかけると、聞かれた方が不思議そうに返した。
「何を……って、帰って来ただけだ」
「もちろん直に出かけるのだろうね?」
「……何故?」
確かめるように放たれた次の問も意味がわからず事実を返す。
すると、フォレスターが大仰に額を押さえた。
「やれやれ……我が弟ながら、心の機微というものを知らないな」
うすうすそんな気はしてたがね、といいながら、白衣を纏う男性は台所から両手で持てるくらいの大きさのバスケットを青年へ渡した。
「何だ?」
「軽食が入ってるから、義妹殿を誘って暫く話しでもしておいで。どこかへ泊まるのも許可するが、外で一晩過ごすのは薦めない」
当然のように言って家の外へとギルフォードを押し出す。青年はここまで至っても理由がわからない。
「だからいきなりなんなんだ!」
「今日は恋人達の日だろう?」
振り返って抵抗する弟へフォレスターはこつん、と軽い拳骨を落とす。
「いや、でも急に……」
事情を知ったギルフォードは今度は照れで真っ赤になって抵抗する。もう外は日が沈みかけていて、夜が近付いている。
予め約束していたのならともかく、こんな時間に誘い出すというのは彼女の兄に殺されかけない。
しかし、それでもフォレスターは引かなかった。
「忘れていたことは百歩譲って許しても、知った後で何もしないことは万死に値するよ。ほら、アレクは私が引き付けておくから告白の一つもしてきなさい」
結局押し切られたギルフォードは、引っ張られるままに兄と共に空を飛ぶ。
向かうはメロウ家。兄妹の住む家へ。
もちろん押しかけた先ではアレックスがいい顔をしなかった。
しかし同行しているフォレスターをアレックスがとめられるわけがない。なんだかんだと理屈を捲し立てられてたじたじとなっている間に二人は抜け出してきていた。
「おさそいありがとう、ギルくん」
夜の公園でベンチに座った少女が一息ついて言う。言われた当人はすっかり忘れていたこともあり、少々ばつの悪そうな顔だ。
「いや……すまないな。急に」
「ううん。うれしいの」
白翼族の少女は嬉しそうな笑みで応えた。その頬に紅葉が散っているのは、くれかける夕陽のせいか、それとも先程の青年と同じように照れのせいなのか。
彼女は今じっと青年を見上げて、言葉を待っている。
なにしろ『話したいことがあるから』といって連れ出したのだ。
しかし誘っておきながら、ギルフォードには話題に乗せられるような話が思い当たらなかった。表面上は平静を装いながら、必死で何を話すべきかを模索する。
『告白の一つもしてきなさい』
出掛けのフォレスターの一言を思い出す。確かに伝説の日、夕方の陽で朱く染まる公園といかにもなシチュエーションではある、が。
「ギルくん?」
何も話し出さないことに疑問を覚えたパールが声をかけると、動揺したままとにかく言葉を紡いだ。
「あ、ああ……パールはこの日のこと、知ってたのか?」
「うん。たいせつなひととすごすひだもの」
笑みが少しはにかんだものになる。その様子を見ていると本当に彼女が誘うことを待っていたように思えてくる。
「だから、ギルくんといっしょにすごすじかんができて、うれしいの」
恥ずかしそうに足されたパールの言葉で裏付けられる。
鼓動が、微かに高まる。
「えっと、それで、おはなしってなにかな」
見上げてくる瞳で更に追い詰められた思考が段々一つの考えに纏まっていく。
告白、してしまおうかと。
フォレスターに散々からかわれているくらい、ギルフォードにとって彼女が気になる存在であることは確かなのだ。
そして、パールがその幼心のまま一途に青年を慕っているのもまた確かである。
「それは……」
言いかけて、止まる。言おうとすると、羞恥心が勝る。
「なあに?」
微笑が次第に不安の色を帯びてくるのを見てギルフォードは。
そっと、少女の小さな手を取った。
「ギルくん……」
「パール、俺は」
心を決めて告げようとした、その時。
「きれいなまんげつなの」
「え?」
少女の緑柱石の瞳には、藍色に姿を変えつつある空に真円を描く月が移っていた。
青年もまた振り返って見上げると、茜色に溶けるような月。
「あ、ああ……綺麗だな」
「うんっ」
彼女はすっかり新しい発見に夢中になっていた。
もちろん、強引に持ち込んでいくこともできたが、元々フォレスターに無理矢理引きずり込まれたこの状況で言わなければいけないわけではない……単に、仕切りなおすだけの気力がなかったというのもある。
それになにより。
「パール、ベーグルがあるんだが食べないか?」
「うん! たべるー!」
この穏やかな時はもっと長引けばいいと、思う。
(……儚きは我が決意、か)
Fine.
使用BGM:Pop'n music 15 Adventureより「青春ロック/儚きは我が決意」