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2010.8.4   【骨】

Novel stage / Fun Fiction:LοV

《饗宴の始まり》


 




 あの山中にあった遺跡ほどもありそうな広いホール。
 壁面や天井は一面の黒で覆われ、髑髏や骸骨で組まれたランプに灯された炎が幾何学的な文様の床を照らしていた。本来明かり取りの窓の外からは真っ先に城壁で並べられたグロテスクなオブジェが目に入る。
 ホールの壁際は白いテーブルクロスがかかった長いテーブルに料理が並び、奥には窓を背にして階段があり、この地を統べる主の下へと誘う。
 黒き玉座で、先端に白い彫刻のついた黒い杖を片手に嫣然とした笑みを浮かべる魔界王国の覇者。
 蝿の女王、ベルゼバブ。
「ほほほ。人の子のロードよ、我が王国ヘようこそ!」
 体はほぼ人と同サイズか少し大きいくらい。細かく震える黒い翅や膝より下が細長く黒と白の縞模様になっているあたりは蝿の特徴だが、胸から膝くらいまでにかけては人間の女性のような形態でその肌は白い。頭部も黒い一対の二度曲がった角に黄緑色の大きな目が白い頭頂部についていて、首近辺辺りからは黒い羽根のマント状のものが覆っている。
「迎えが遅れた無礼は詫びよう。折角の祝宴、楽しんで行くがよいぞ」
 階段の下に控えていた人間の紳士淑女が揃って一礼する。
 この場にただの人間がいること事態が異質だが、このホールの内装からすれば普段の戦闘装備のままで彼らの前に立つルヴニール達の方がよっぽど異質だ。
「むしろ急なことにびっくりしたけど、とりあえずお招きありがとうだよー」
 もっとも、そんなことは気にせず手を上げたのはルヴニール。
 そしていつも通りのにこにこ笑みでこう続けた。
「でも、死神とのダンスは遠慮したいなー。私ー」
 そう言った途端。
 ぼとっ。
 階段下に控えていた人間達の肉が、落ち始めた。それは既に変色が始まっていて、血の一滴すら落ちない。
 残ったのは、不自然な白や赤の骸骨。不死族があくまで肉の仮面を被っていたに過ぎなかったのだ。
 彼の後ろにいる仲間達は既におのおのの武器を構えている。
 殺気まで放ちそうな臨戦態勢に、蝿の女王は笑い声を上げる。
「ほほほ……随分とせっかちじゃのぅ。食前酒くらい味わばねば損ぞ」
 上機嫌でサイドテーブルからワイングラスを取り上げた。血のように暗く赤い液体が満たされている。
 女王が炎の灯りにグラスを翳すと、白髪の青年が深紅に染まって映る。
 彼女は液体越しに青年を眺めつつ言葉を紡いでいく。
「燃え盛る火……崩れ落ちる家……おぉ、人も次々と炎に包まれていく」
「何を……言っていますの?」
 窓から見える風景には燃え盛る家などなく、第一、今女王が向いているのはルヴニールの方。
 不思議そうに呟いたシャーマンの少女に応えず、女王は更に繋いでいった。
「立っているのは、ほう、三人の子供よ。そのうち少年と少女が殺しあっておる。なんと哀れな」
 彼女はさも愉快そうに笑いかけるが、グラスの中に映る青年は不思議そうにベルゼバブを見上げたまま。
「なんのことかなー」
 彼にはまったく思い当たることがなかったのだ。この世界に来てからそんな状況には遭遇していない。
 まして炎に包まれたのなど、山脈の朱鳥と戦っていた時にしか。
「まだ惚けておるか……わらわには見えているのだ。そなたが交わした約束が。そなたが投げつけられた言葉が」

『あなたなんて、いなければよかったのに』

 知らないはずの言葉が、青年の中から語りかける。こんな記憶などないはずなのに。
 どくん。
「なに……?」
「テュリー」
 どくん。
 青年の鼓動が跳ね上がる。心臓が痛いくらいに高鳴っている。
『ルヴニール?』
「誰……?」
 ルヴニールが急に心臓の上辺りを押さえ、苦しそうな表情を見せたことに周囲の仲間達が動揺する。
「忘れたか? そなたの罪の名を。そなたの行為がどれだけの命を奪ったかを」
 記憶としてはまったくないはずなのに、心が反応している。
「ほほほ。甘美よの、そなたの罪の名は。忘れとうても体が覚えていると」
 高らかに笑う蝿の女王のグラスに、深紅に染まった青年が跪く姿が映った。


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