すずなくんを"蘇らせる"ことを決めてから、紫さんは研究室に篭りきりになった。
眠気覚ましのコーヒーしか口にしない。
睡眠もとらない。
そんな日が三日近く続いている。
私は何度も止めた。徹さんも幾度か顔を出してさりげなく注意した。
普段は反目しているあの環さんでさえ、様子を見に来た。
それでもまったく手を止めなかった。
何度声をかけても、紫さんの答えは一つ。
「これだけは手を抜けない。大事なところなんだ」
止める手立てがなくなってからは、少しでも負担を減らす為にバイトを休んで手伝うことにした。
四日目の朝。
「……紫さんっ!?」
紫さんは私の目の前で倒れた。机から立ち上がろうとして、膝が崩れ落ちたのだ。
慌てて彼女へ駆け寄った。
頭は辛うじて打ってはいないが、顔色が悪い。呼吸も乱れ気味。
酷く焦りを感じながら、私は咄嗟に所長室へと内線を繋いでいた。
「……皐月さん?」
いつも冷静な秘書の人の声。
ここから内線を繋ぐことなどほぼ無く、不思議に思っているのがわかる。
「環さん、私です!」
「その声は都川さんですね」
戦闘用人造人間として造られた筈の私が何故か焦っている。
「紫さんが、紫さんが倒れて……」
「いつです?」
応える環さんの方がよほど冷静だった。書き留める為か、紙の擦れる音が受話器の向こうから聞こえる。
「今です。どこもうってませんけど、顔色が悪くて、意識もなくて」
上手く伝えられられないことがもどかしい。ただ、断片的にでも伝えればわかってくれるかもしれない。
「わかりました。念の為、救急車を呼びます。申し訳ありませんが、皐月さんをエントランスの方まで」
「はい!」
研究所の内部を部外者に見せるわけにはいけない。これが最大限の譲歩だった。
私は出来るだけ揺らさないよう、それでも出来るだけ速く紫さんを運んでいった。
幸い、環さんの呼んだ救急車はほぼ最低限の時間で到着し、親御さんが到着するまでは彼がついていてくれることになった。
「これで……ひとまず安心、ね」
手の空いた私は紫さんの研究室に戻り、点けっぱなしのコンピュータのディスプレイを覗き込んだ。
緻密に書き込まれたプログラムが。
ファイル名は「suzuna_ideal」。
「アイディール……すずなくんの、人格?」
紫さんが消したくないと願っていたすずなくんそのもの。
「確かに、大切だわ」
膨大な長さの文字の羅列。これが人造人間としてのすずなくんを、すずなくんたらしめる基となるのだ。脳と言い換えてもいい。
私はデータを保存し、バックアップも取る。ふらふらの紫さんにはそこまでやる気力はもう無かったようだ。
「……無茶は、今回だけですよ。紫さん」
コンピュータを休ませながら、私は紫さんが戻ってきた時になんて言おうか。ずっと考えていた。
「紫さん、おかえりなさ」
「さあ心続きだ続き! 一週間も入院させられてもう飽きた!」
「あ、飽きたって」
「点滴も数本打った。めまいも貧血も無い! 健康体だ! 私に研究をさせろ!」
結局、考えていた言葉はその剣幕に押されて言えなかったのだけれど。
Fine.