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2010.11.11 【難】
Novel Stage / Fun Fiction:LoV
《天使からの選択》
「ん、終わったー……って、何でそんなに警戒されてるのかな……?」
唯一彼の手元に残った蝿の女王の存在、黒の短い錫杖を手に大きく伸びをした青年へヒルデガルドが厳しい目を向けていた。猿田彦やフィーギーナも警戒とまではいかないが、かなり疑惑を含んだ目線を送っている。
あの殺気に満ちていた姿から急に戻った今の姿に、ヒルダに至っては更に前回のパワーズのアルカナを取り込んだ時の暴走もある。
明らかに警戒されていることへ怯えた素振りを見せつつ、ルヴニールはただ一人表情が変わった断罪の天使に視線を向けた。どこか悲しげな面持ちの彼女へ普段と変わらないにっこりとした笑みを浮かべる。
「こうやってちゃんと会うのは久しぶりだね、パワーズちゃん」
「ええ……でも、貴方にとって決していいことではないわ」
青年の正面に立った天使は、武器を置くと空いた右手をそっと前に差し出す。少し上の空間に浮かんだのは何も映さない漆黒に染まった縦長の楕円形の鏡。
「私は、貴方へ難しい選択を突き付けに来たの」
「選択?」
きょとん、と呆けた表情をする青年。
警戒していた他の三人も彼女を振り返る中、パワーズは淡々と告げた。
「ここにあるのは貴方の記憶。蝿の女王、魔種のロードに揺さぶられた、貴方を構成する失われた記憶」
「……え?」
「貴方は覚えていなくても魂が覚えている。だから突かれれば、貴方の意志とは関係なく強い慟哭に身体が震える。更に苦い記憶であるほど貴方の本能が拒む、それ以上言葉を聞いてはいけないと」
「豹変した原因はそれか……」
苦い顔をした猿田彦が呟く。
覚えていなくても発生する拒否反応。それがバーサーク化の真実。魂に刻まれた傷は、記憶として失われても消えるような簡単なものではないのだ。
今は傷ごと天使が外へと無理矢理引きずり出した。だから彼女の出現とともに青年には怒る理由がなくなり、普段通りの姿へと戻ったのだ。
もっとも、青年が気にしたのは別の事だったが。
「え、えーっと……パワーズちゃん、見たの?」
「これの中身は見ていないわ。けれど、貴方の中の断片はこの世界のものしかなかった。ここに飛ばされて元の場所へ戻る為の旅ならば、貴方は元の世界の記憶を持っているはずよ」
断罪の天使は見ようとして邪魔されたということをあえて伏せた。そこまで話せば、あの上位者によってルヴニールが消されかねないからだ。そうなれば全ての謎が謎のままで消えてしまう。
それでも何か心当たりがあるのか、軽く目を見張った青年へ彼女は鏡を突き付ける。
「だから選びなさい。自らの目的を失うかもしれないリスクを負ってでも過去の記憶に振り回されないよう抹消するか、記憶がなくとも戻りたいと思う心に従って抱え続けるか」
真っ直ぐ向けられた問。
答えに正解などはないのだろう。ただ、いい加減な答えを返せば不真面目だと断罪されかねないが。
俯き、黒の錫杖の頂点に顎をつけて考え込むルヴニール。彼の答えは数呼吸の後に帰ってきた。
「……返して」
「いいのね?」
「だって、壊したらなくなっちゃうから」
天使の念押しに笑顔を取り戻した青年は言った。
「原因はわかった。だから今度は皆が止めてくれるよ、きっと」
「……他力本願」
ぽそっと呟いたフィーギーナの言葉にも顔を向けることなく返す。
「信じてるって言ってー」
警戒していた目線が全て呆れたものへと変わり、慣れた視線ばかりだと言わんばかりにルヴニールが笑う。
その様子にやはりため息を残したパワーズが漆黒の鏡を青年の掌へ落とした。
「では、私はもう役目が終わりましたね」
「パワーズちゃん、わざわざありがとー」
「いえ……貴方はあいからわず不思議な人ですね」
その口元は優しく微笑んでいた。
To be continued...