365 letters 2010.11.10 忍者ブログ
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2010.11.10   【船】

Novel Stage / original:Abyss of Time

《ゆらりゆらり》


 


 

 匿名の通報によって、巨大な湖の中に浮かぶ船が発見された。
 持ち主は不明。乗組員も一人も存在しない。
 ただ。
 もっとも揺れの少ない船体の中央付近、重厚な防音壁と可能な限り振動を排除した特製の船室の中にひとつだけ眠っていた。
 柔らかく短い藤色の髪。あどけない子供のような寝顔。
 開かれていない瞳が濃くくすんだ藍色であることも普段でもほとんど感情の籠められることもわかるくらい、乗り込んだ彼らは眠り続ける彼を知っていた。
 "すずな"という存在を、知っていた。

 電話を置いた『久遠の薔薇』の所長は、半ば押さえつけるようにして留まらせていた紫へその内容を告げた。
「……彼が、見つかったそうだよ」
「本当か! すずなは無事なのか!?」
 彼女は、ばん、と大きな音を立てて机を叩くと、身を乗り出して徹へ詰め寄る。
「今は眠っているそうだ。こちらへ搬送するというので許可は出しておいたよ」
 沈痛な面持ちで答える徹。だが紫は無事だったということに安堵して、それ以外の言葉を聞いていないようにも見えた。
「そうか……検査機器を用意させておこう。機能停止だったらしゃれにならん」
 早速所長室を飛び出そうとした彼女を秘書の男性が止めた。
「まだ話は終わっていませんよ」
「これ以上話すことなどない。違うか?」
 あくまでも淡々と告げる環を紫は上目遣いに睨み付ける。十代とは思えないほど鋭い眼光だった。
 なぜなら……こうやって留められるということに、彼女はまったくいい思い出がない。それどころか必ず彼女の意に反した何かが起こっている。
 そしてその経験は、裏切らなかった。
「待ちたまえ、紫くん」
 徹の呼びかけにしぶしぶ振り返ると、彼は大きな茶封筒を一つ机の上に投げ出した。宛先は彼自身で、送り主は英国の『久遠の薔薇』。既に封は切られているようだ。
「君の意見はこれを読んでから聞かせてくれたまえ」
 思いっきり渋い顔をする紫。だが徹の表情があまりにも厳しい、というより痛ましいものであるのを見て取って、しぶしぶ封筒を手にした。
 中に入っていたのは報告書。『久遠の薔薇』がイレイサーと交戦した時、傾向や個体の戦闘能力をデータベース化するために提出を義務付けられている書類だ。紫も心やすずなが出撃した時何度も書いている。
 そこに書かれていたのは昆虫型のイレイサーと交戦した時の記録。だが、その場にはイレイサーと『久遠の薔薇』に所属している人造人間以外の第三者の存在が記録されていた。
「…………心、だと……!?」
 長い金髪にスーツ。胸に下げられている針のない大きな懐中時計。腕は剣へと変化していた。そして何より『久遠の薔薇』に保護された際採取された彼女の細胞と、交戦した人造人間によって切られた髪の細胞が一致した。
 そう、都川心は『久遠の薔薇』と敵対したのだ。
 人造人間側はイレイサーの撃破には成功したものの、現場にいたものは心によってかなりのダメージを受けた。そういう報告だった。
「馬鹿な。心にはそんなプログラムはなかったぞ」
「もちろんブラックボックスもあったから確実とは言えないが……私もそう思っているのだよ。紫くん」
 徹は所長の定位置である革張りの椅子に深く腰掛けると、机の上に手を組んだ。
「だがそうなると、原因は失踪した時に何かあったということだ」
 そして、宣告する。
「……まったく同時期、同じ場所で失踪したすずなくんがそうならないという確証がない」
「心だけでなくすずなも殺すつもりか。徹」
 怒りを通り越した冴え冴えとした声が少女の唇から零れる。
「どちらも私たちの都合でここにいただけの二人を、また私たちの都合で殺すのか。しかもすずなに至っては二回目だ」
 まるでその身に冷たい炎が纏われたように紫は近寄りがたい気迫を発していた。
 それでも徹は言葉を続けた。ここで屈することは全ての者の為にならないことを知っているからだ。
「だが、被害が出てからでは遅い。心くんは既に敵対の意を示した以上、『久遠の薔薇』としてはイレイサーと同様にみなすだろう。だが、すずなくんは今なら眠らせておくという手段が取れる」
「同じだ! 意識も肉体のコンロトールも奪って、誰がすずなを生きていると言うんだ!」
 紫は再び机を叩く。あまりの力の強さに、その手の側面には赤みが強く出ていた。
「存在を消さないために私の手を貸してくれといったのは誰だ!? それを都合が悪くなったから消すのか!?」
 ばん、と鳴り響く三度目の音。
「私はその理由は認めない。どうしてもすずなを消すというのなら、私を納得させてみるがいい! 不可能だがな!」
 血が滲み出しそうなほど晴れ上がった両手を下げて、紫は再び足音も粗く所長室から出ていく。
 今度は、環も止めなかった。
 静まり返った所長室で徹は組んだ手に額を預けて呟いた。
「……紫くんには、辛い思いをさせてばかりだな」
 普段悪戯の被害者となっている徹と環だが、この時ばかりは天才錬金術師に同情せざるを得なかった。
 それほどまでに彼女の背負っているものは大きかった。


 Fine.


 

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