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2010.11.8 【晩】
Novel Stage / Fun Fiction:世界樹の迷宮
《深夜の金鹿亭》
いくら宵っぱりの人間といっても帰っていそうな深夜の酒場。
欠伸をかみ殺して戸を開いたヴィオレットは、僅かな常連と酔いつぶれた者達の中に見慣れた姿があることに軽く目を見張った。
流石に入ってきた時点で向こうが気付くことはなかったが、いぶかしみながらも隣に座った所で彼女はゆっくりと目線を青年へ向けた。
「シエル」
「こんばんは、ヴィオ」
腰まで届く金髪を一つにまとめた、穏やかな微笑みを浮かべて挨拶を返す少女。膝近くまである白衣といい、こんな遅い時間で酒場で見るにはかなりミスマッチだ。
ヴィオレットは近付いてきた酒場の女主人へ夜食になりそうな軽い食事を頼むと、珍しく自分から声をかけた。
「意外だな」
何が、とも言わなければ、何を、と返すこともない。
「そうかしら?」
微かに笑いながら応えるシエルはほんのり赤く染まった頬をしていた。その前に置かれているのは太く、高さのない氷の入ったグラス。中には濃い琥珀色の液体が灯りを受けてきらきらと輝いている。
「両親に晩酌の習慣があったから、私まですっかり習慣になってしまったわ」
指先が透明なグラスへ絡みつき軽く揺らす。異なる輝きが光を放つと共に、仄かなビートの香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
爽やかとも言える芳香が決して安いものではないことはアルコールへ興味のない青年でもわかる。
「一人で、か」
視線を逸らしてヴィオレットは言う。もちろん彼女の両脇のカウンターに何も置かれていないことを確認してから彼は隣に座っていたのだが。
けれど、シエルを知らない者にとってはそれなりに高価な酒を一人で呷る大人しそうな女性、となれば絡むには絶好のターゲットだろう。
「注意もしてくれるからそんなに人は来ないし、ルージュは下戸なの」
言われてヴィオレットも思い出す。彼女の幼なじみである赤髪のソードマンは、ギルドの悪戯コンビに無理矢理酒を飲まされて一時間もたたないうちに潰されていたことがあった。
その場にはシエルもいたのだが、もっぱら介抱に追われてアルコールはほとんど摂取していなかった。だが、今継ぎ足されたブランデーを静かに口に運ぶ様子からは頬の赤さ以外にまったく酔いを感じられない。
「それに」
一度会話が途切れ、食事をつつき始めたヴィオレットへシエルは続けた。
「こうして今日あったことを走馬燈のように思い出して、整理して、心を一度真っ白にするのが気持ちいいの」
ふふ、と彼女は軽く笑い声を上げると、グラスを大きく傾けて半分ほど流し込む。
「ルージュやジョーヌの側にいると、とても時が早く感じられるわ。それはとても楽しいけれど、私では追いつかないことも多いの」
からん、と傾いたグラスの中で氷が鳴った。
「だから今、ゆっくり思い出すの」
「……邪魔したか?」
「ううん。心配してくれてありがとう」
楽しそうな横顔を見ながら、ヴィオレットは最後の一口を放り込む。用事が終わり立ち上がった青年をシエルが見送った。
「じゃあ、また明日」
「ああ」
酒場から出て行くヴィオレットが振り返ってみたのは、本当に楽しそうな顔をしながらボトルを空にした少女の姿だった。
Fine.