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2010.11.6 【華】
Novel Stage / original:Abyss of Time
《添えられるは曼珠沙華》
「そうね。どこから話してあげればいいのかしら」
塞がれた視線はまったく光を受け付けず、目の上から振ってくる音と触れる少し冷たい掌だけが側に座る女性の存在を伝えている。
もっとも、イレイサーを操るもの、という言葉が本当なのだとしたら、この人は女性とか男性とかそういうくくりからは外れた"何か"なのかもしれない。『久遠の薔薇』での議論としてはイレイサーに性別はない。人間に近い姿はあれど、あくまで見かけの姿。
影の裏から生まれ、陰の裏へ還る存在だと言われている。
「私たちは決していたくて影の中にいるわけではないということを、まず理解していただけるかしら」
優しく、幼子に言い聞かせるよう女性の声がゆっくりと話していく。
「それでも今までは大人しくしていたのにはちゃんと理由があるのよ」
遠く、遠く。
過去を懐かしむように、思い出すようにルシファーは言葉を紡ぐ。
「約束したの。貴方達表の住人と住処を分けましょう……その代わり、三千年たったら表と裏を入れ替えましょうって」
本当かどうか僕にはわからない。けれど、もしそうだとしたら。
イレイサーが表へ出てきている理由は。今まで僕達がやろうとしていたことは。
「そしてね……約束の三千年はもう経ったの」
そっと、目の前から掌が避けられる。
眩しい日差しと、咲き誇る曼珠沙華の花を抱えた大きなガラスの花瓶と、優しい微笑を湛えた心さんによく似た顔。
視線が合うと再び眩暈にも似た感覚が襲う。けれど、ルシファーはしっかりと目を合わせて僕の頬に手を添えた。
「だから私たちは表に行くのよ。貴方達はすっかり忘れているけれど、本来の約定なの」
語りながらふらふらする目の前に一輪の花が差し出される。
毒々しいほどに赤い曼珠沙華。
「心は素直に代わってくれない貴方達の中にも誰か約定を覚えていてくれないか、そして、表が今どうなっているのかを知るために表へ届けた私の娘にして半身、罪<sin>」
「こころ、さん……は……?」
ぼやけていてもはっきりとわかるにっこりとした微笑み。
「私の半身は、私の元に戻ったわ」
リコリスを持った右手が僕の服のあわせから潜り込み。
ずぷっ。
痛みも何もなく指先と花が僕の体の中へと侵入してきた。
「う……あぁ……っ!?」
視界の歪みが更に酷くなる。まったく動かない身体は震えることすらなく、ただ冷たさだけを感じる指先を受け入れている。
「でも、私も交渉の余地を完全になくすのは嫌なの。お話し合い、好きなのよ」
「ん、くぅ……ぁ……」
「だから……もし表裏を入れ替えたくなったら、貴方が使者になってね。このままだと表の住人は入れないけど、貴方には鍵を預けておくわ」
薄れる意識の中で見えたルシファーの右手には、曼珠沙華がなかった。
Fine.