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2010.11.5 【鬼】
Novel Stage / original:Feast of Dolls
《闇の貴族》
月の顔(かんばせ)すら姿を見せない漆黒の闇に、極上のルビーを思わせる一対の輝き。
纏うコートも夜に勝るとも劣らない闇の色。ただし肌の色は青くさえ見えてくる白。
唇は薔薇のように蠱惑的な紅。その間から覗く舌も、また。
まさに昏き闇の貴族、吸血鬼。
既に閉園して誰も歩いていない植物園。
それでも探偵事務所には客が絶えることがないらしい。
「……あら、また来たの?」
カーテンすらかかっていないかかっていない窓の側、サイドテーブルの上に大きな鈴蘭の形のランプを灯していた少女は事務所の扉が開く音で振り向いた。
「貴女に逢うためなら何度でも。ミス・マクシモーヴァ」
優雅に一礼したのは黒いマントを翻す青年。腰まで届く繊細な浅葱色の髪が、大きな動作にふわりと動いた。
「御婦人を訪ねるにはいささか不躾ですが、輝かしき光の下を歩けぬ身ゆえご理解いただきたい」
「貴方が昼間に外へ出たりしたら、私が動くまでもなく灰になってしまうわね」
くすくすと笑った少女はランプを応接スペースの机の上へ移した。
「どうぞお入りなさい。アポイトメントなしは今の冗談で許してあげる」
「美しき寛容に感謝いたします」
胸に手を当てて軽く礼。部屋の中へ入ることなく止まっていた長身が、物腰も優雅に歩いてきた。
示されたソファへ座る、前に青年はそっと少女へと差し出す。腕からはみ出んばかりの彼のルージュと同じ艶やかな真紅の薔薇の花束。
「本当はこれで許していただこうと思ったのですが、お受け取りいただけますか?」
微笑みながら差し出された花束を同じく微笑みながら受け取る少女。
「私は先ほどの冗談の方が好きだけれど。でも礼儀正しい紳士の顔を潰してはいけないことくらい、私にもわかっているのよ」
軽くきゅ、と花を抱きしめて懐かしむように目を閉じる。
「遠い昔、恋をしていたこともあるのだもの」
そう呟いて、悪戯っぽく目を瞬かせる。正面の青年が複雑な表情を浮かべたのがわかったからだ。
「ふふ。未亡人ではご不満かしら? 素敵な紳士様」
「と、とんでもない」
まるで子供の様な仕草に、青年は慌てて首を横へ振る。
「私には……貴女に愛された方の幸運と、貴女を悲しませたことへの憤りがあるだけです」
そのルビーの瞳の輝きがランプの灯りに揺らめいていた。どこか傷ついた表情は、一体何が原因なのか。
少女は肩にかけてあったカーディガンをしっかり羽織ると、空気を動かさないほど静かな動作でテーブルの上へガラス戸の中から取り出した荷物を置いた。荷物のうちの一つ、花瓶には預かった沢山の薔薇の花を飾りつける。
「ごめんなさいね。貴方にそんな顔をさせるつもりはなかったのよ」
残りの荷物は、グラスが二つとボトルが一本。
「お詫びに、私とお話ししていただけるかしら?」
「も、もちろんです!」
少女から見ていくつも年上のように見える青年だが、少女のちょっとした誘導でしっかりと話の手綱は取られている。
それでも彼は幸せそうに見え、その様子を見る少女もくすくす笑っていた。
Fine.